2022年05月15日号
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artscapeレビュー

八木清「sila」

2011年08月15日号

会期:2011/07/01~2011/08/27

フォト・ギャラリー・インターナショナル[東京都]

八木清は1994年から15年以上にわたって、アラスカ、カナダ、グリーンランドなど、北極圏の厳しい自然の中で生きるイヌイットの人々とその暮らしの諸相を撮影してきた。今回のフォト・ギャラリー・インターナショナルでの展示は、その集大成というべきものである。タイトルの「sila」はイヌイット語で「外にあるものすべて」を意味するが、世界や宇宙そのものの秩序を表わす言葉であるともいう。
8×10インチの大判カメラを被写体の正面に据える、きわめて厳格かつ緻密な手法で撮影されたネガは、19世紀から20世紀初頭にかけて広く用いられたプラチナパラジウムプリントに焼き付けられている。その結果として、八木の写真はきわめて古典的な記録写真のように見えてくることになった。ただし、たとえそれが19世紀末から滅びゆくネイティブ・アメリカンたちの姿をとらえたエドワード・S・カーティスらの写真を思わせたとしても、八木のスタイルは彼らとは異なっているのではないだろうか。カーティスのロマンティシズム、あるいは他の人類学者たちの被写体を上から見おろすように分類していくような視点は彼にはない。八木の写真はもっとつつましやかなものであり、そこには被写体をリスペクトする姿勢が貫かれている。
それがもっともよく表われているのは、イヌイットの人々の生活用具を撮影した写真群であろう。儀式に使う仮面や道具、ホッキョクグマの毛皮のブーツ、水鳥の足を縫い合わせた籠、さまざまな形の銛やナイフなどは、簡素な、だが力強い造形美を強調して丁寧に撮影されている。また雪上に凍りついたホッキョクギツネの死骸やトナカイの頭骨なども強い存在感を放つ。だが、ポートレートや風景では、その古典的な手法が諸刃の剣になっているようにも感じた。実際に被写体の前に立った時の八木の感情の震えが、隅々まできちんと整えられた画面からは伝わってこないのだ。あえて、頑固に「時代に逆行するかのような手法」を貫き通しているのはよくわかるのだが、20世紀末から21世紀にかけての現在の空気感をもっと取り込んだとしても、彼の仕事のクオリティは充分に保てるのではないだろうか。
なお、展覧会の開催にあわせて、写真集『sila』が限定400部でフォト・ギャラリー・インターナショナルから刊行された。印刷に気を配った、ゆったりとした造本の大判写真集である。

2011/07/21(木)(飯沢耕太郎)

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