2021年11月15日号
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artscapeレビュー

林忠彦「日本の作家109人の顔」

2014年11月15日号

会期:2014/09/26~2014/11/25

日比谷図書文化館1階特別展示室[東京都]

林忠彦の「文士」シリーズはなぜこれだけ人気があるのだろうか。太宰治や坂口安吾や織田作之助といえば、林が撮影したポートレート以外の顔を思い浮かべるのはむずかしい。単純な記録写真というあり方をはるかに超えて、いまや彼らの肖像は時代のイコンとしての役割を果たしているように思える。現代において、ある一人の写真家が撮影した作家のポートレートが、これほど絶対的なイメージとして固定することはまずないのではないだろうか。
なぜ、そうなっているのかといえば、一つには作家と読者との関係のあり方が、林が「文士」シリーズを撮影した1940~50年代と現在ではまったく違っているからだろう。当時の作家とその作品の愛読者は、まさに一心同体であり、読者は小説や詩を読むことを通じて作家たちと対話しようと願っていた。その時の手がかりとして必要だったのが、作家の人間性をいきいきと表現したポートレートであり、林の「文士」シリーズはまさにその欲求に応えるものだったのだ。ひるがえって、現代の作家たちと読者との間に、そのような切実な関係が成り立つとはとても思えない。
それにしても、何度見直しても、読者の欲求にきちんと対応しながらも、細やかな人間観察力を発揮して、モデルの「これしかない」という表情や仕草を定着していく、林の写真家としての能力の高さには感嘆してしまう。林忠彦はプロ中のプロであり、そのような「職人的」といえそうな技巧の冴えも、デジタル化以降の現代写真の状況では発揮しにくくなっているのも確かだ。今回の日比谷図書文化館の林忠彦展には、新装版で刊行された写真集『日本の作家』(小学館)におさめられた作品の他に、コンタクトプリント、モデルとなった作家たちの初版本なども展示され、時代の雰囲気を立体的に浮かび上がらせていた。これから先も、図書館という場所にふさわしい、文学と連動した写真展の企画を期待したいものだ。

2014/10/18(土)(飯沢耕太郎)

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