2021年11月15日号
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artscapeレビュー

エレナ・トゥタッチコワ「林檎が木から落ちるとき、音が生まれる」

2014年11月15日号

会期:2014/10/27~2014/11/08

Art Gallery M84[東京都]

エレナ・トゥタッチコワは1984年、モスクワに生まれ、現在は東京藝術大学大学院先端芸術表現科に在学中の新進写真家である。今年の夏、東川町国際写真フェスティバルの一環として開催された「赤レンガ公開ポートフォリオオーディション2014」でグランプリを受賞した。その受賞記念展として開催されたのが本展である。
被写体となっているのは、ダーチャと呼ばれるロシア人の伝統的な「夏の家」。夏の暑さと都会の喧噪を逃れて、郊外の家で過ごす習慣は、貴族たちの間で17~18世紀頃に始まったが、ソ連時代になると一般労働者も小さなダーチャを持つことができるようになった。森や川や湖などの自然環境に恵まれた場所で、ゆったりと時を過ごしながら、お喋りを楽しんだり、文学や音楽などにも親しんだりすることができるダーチャは、ロシア人の精神生活に大きな影響を与えてきた。ペレストロイカ以降の窮乏期には、ダーチャで育てた野菜や果物が生き延びる糧になったということもあったようだ。つまり、ダーチャほどロシア人の生に密着した場所は他にあまりないということだ。
エレナは、2007年頃から大学時代の先生のダーチャを中心に撮影しはじめた。それは、彼女自身のダーチャで過ごした子供時代の記憶、いままさに成長期にある女の子たちの日常、「永遠の夏」といいたくなるようなロシア特有の光と影のコントラスト、周囲の自然環境などが絡み合った、精妙な図柄のタペストリーとして形をとりつつある。「林檎が木から落ちるとき、音が生まれる」というタイトルは、「毎年、夏が終わろうとしている時、林檎が生まれる。子供たちが成長して大きくなる。そしてまた新しい人間が誕生する」という、自然と人間との深い結びつきを示している。まだこれから先、さらに成長して、よりスケールの大きな作品となっていく可能性を秘めたシリーズといえるだろう。

2014/10/31(金)(飯沢耕太郎)

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