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artscapeレビュー

三浦丈典『起こらなかった世界についての物語』

2010年09月15日号

発行所:彰国社

発行日:2010年8月10日

タイトルだけを見ると、まるで文学の本のようだが、本書はいわゆるアンビルドのドローイング集であり、時空を超えて、建築や美術を横断するような内容になっている。古いものでは、かつてアタナシウス・キルヒャーが想像したノアの方舟の図や、ジョン・ソーンのドラフトマンだったJ・M・ガンディーなども含む。小さな絵本風の美しい装幀で、筆者もこうした本を書いてみたかったと、つい思い出してしまった。実現しなかった建築の世界は、ユートピアへの扉になるからである。それぞれのエッセイからは客観的な解説というよりも、建築家の人となり、あるいはその家族のこと、また著者の個人的なエピソードなどを語り、対象への強い思い入れを感じさせる(もしキルヒャーに会ったら、はなしが尽きなかったはずだという!)。74年生まれの筆者が選ぶ、まったく今風ではないセレクションも興味深い。ポール・ルドルフやエミリオ・アンバースのドローイングから始まるのだが、彼らは筆者の世代にとっても、すでに古い建築家である。ゼロ年代のリアルといった議論が飛び交うなかで、ユートピア的な懐かしささえ覚える本だ。

2010/07/31(土)(五十嵐太郎)

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