artscapeレビュー
2012年05月15日号のレビュー/プレビュー
本田孝義『モバイルハウスのつくりかた』
会期:6月から渋谷ユーロスペース他にてロードショー
渋谷ユーロスペース[東京都]
PHスタジオのドキュメンタリー映画『船、山にのぼる』を撮った本田孝義監督が、こんどは若手建築家の坂口恭平を追った。坂口は『0円ハウス』『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』などの著書でも知られるように、巨大(巨費)志向の建築界に背を向け、建設費も家賃もゼロに近い「巣のような家」を建てようと模索。多摩川の河川敷に住む通称ロビンソン・クルーソーの協力を得ながら、移動式の「モバイルハウス」を建てた。その一部始終を収めたのがこの映画だ。が、モバイルハウスが完成し、いざ多摩川から移動しようとしたその日、東日本大震災が発生。その後、坂口は出身地の熊本に妻子とともに移住し、モバイルハウスもそちらに移した。そのため映画のラストは予期せぬ方向に展開したが、結果的に原発事故を含めた震災後の生き方、暮らし方を考えるうえでいっそう厚みを増したと思う。それにしても、本田が坂口を知ったのが4年前に東京都現代美術館で開かれた「川俣正展」での川俣×坂口対談だったというのは示唆的だ。川俣自身も早くから都市のなかでの「0円ハウス」や「狩猟採集生活」を提案していたし、その弟子筋のPHスタジオも軽トラに白い家を載せて移動したことがあったからだ。本田のなかではすべてつながっているのだ。
2012/04/03(火)(村田真)
藤原更「Neuma」
会期:2012/03/10~2012/04/09
エモン・フォトギャラリー[東京都]
藤原更は愛知県出身で、現在パリを拠点として写真作品を発表しているアーティストだ。今回の東京での初個展で、初めて彼女の作品を見たのだが、なかなか不思議な味わいのものだった。
大判のインスタントカメラのフィルムで、蓮の茎や葉、水面などを撮影した画像をスキャンして大きく引き伸ばしている。あえて、期限切れのフィルムを使っているので、画像は漂白されたようなあえかな色味になり、画面の周囲にはインスタント写真特有の滲みや掠れができている。その手触り感のある画面は、一見、パソコンで加工したように見えるのだが、実際にはまったく操作していないのだそうだ。被写体が二重三重に重なり合っているので、あたかも薄膜をそっと積み重ねたような微かなブレが生じ、その微妙なたたずまいの画像が眼に快く浸透してくる。のびやかで芳醇な表現意欲を感じさせるいい作品だ。
タイトルの「Neuma」というのは、中世のグレゴリオ聖歌などで使用された、波のうねりのように上下する記譜記号だという。たしかに、藤原の作品を見ていると、音楽が発想の基本になっているのではないかと思う。それも気持ちが浮き立つような、華麗に弾ける音の連なりではなく、どちらかといえば沈鬱でメランコリックな響きの「Neuma」ただ、もしかすると彼女のなかにはもっと別の音楽も流れているのではないかという気もしないでもない。機会があれば、別のシリーズも見てみたいと思う。
《Neuma》2010, Lambda Print
2012/04/04(水)(飯沢耕太郎)
「超群島 HYPER ARCHIPELAGO─3.11以後、アーキテクト/アーティストたちは世界をどう見るか?」展
会期:2012/03/11~2012/04/16
EYE OF GYRE[東京都]
GYREの超群島展へ。藤村龍至によるメタ・メッセージはきわめて明快であり、マニフェスト型の展覧会としては成功だが、全体として見ると、個別の作品がモノとして弱い。これは彼の展示でいつも感じられることなのだが、本や情報では表現できない、展覧会ならではのマジックを求めると、ちょっと肩すかしをくらう。対照的に、近くで開催中のルイ・ヴィトン表参道の「コズミック・トラベラーズ」展では、渡辺豪の《“one landscape,” a journey》をはじめとして、作品は緻密で強度をもち、いまここでしか体験できない展示の魔術が出現していた。また超群島展では、建築とアートの作品を混ぜたのは今回のウリだが、短期間に展覧会が続くために、藤村組が可視化され、堂島リバービエンナーレ2011での展示や過去のラインナップとの重なりが多いのも気になる。
2012/04/05(木)(五十嵐太郎)
すべての僕が沸騰する──村山知義の宇宙
会期:2012/04/07~2012/05/13
京都国立近代美術館[京都府]
ベルリンでダダや構成主義などの影響を受けて1923年に帰国した村山知義の油彩、コラージュ、版画、舞台美術、ポスター、絵本、装幀、商業美術のデザインなど、その多彩な創作活動を紹介する展覧会。村山の1920年代の美術の仕事を中心にしたものだが、今展の展示資料のボリューム、そして縦横無尽にといわんばかりのジャンルを横断した活動ぶりに圧倒される。こんなにもたくさんのものを生み出していた人だったのかと驚くのと同時に、尽き窮まることのない創作意欲とエネルギーを思い知って感動を覚える会場であった。最後には、児童雑誌『子供之友』をはじめ、児童文学者の妻の文章やそのほかの児童文学に添えられたイラストレーションも数多く展示されている。日本の近代の美術に大きな影響を与えたというだけでなく、児童書の挿絵作家としての一面もまた魅力的。
2012/04/06(金)(酒井千穂)
インスタレーション「スモール・ミュージック──ユリウス追悼展」
会期:2012/04/03~2012/04/15
アートスペース虹[京都府]
昨年の2月、享年71歳で逝去したドイツのサウンドアーティスト、ロルフ・ユリウスを追悼して開催された展覧会。耳をすまし、微小音の世界を楽しむ〈small music〉というコンセプトのサウンドインスタレーションで知られ、2010年には瀬戸内国際芸術祭にも参加。同ギャラリーでも以前、発表が行なわれていた。娘のマイヤー・ユリウスの監修により、今展にはユリウスのドローイング、わずかな音が聞こえてくる〈small music〉の作品のほか、友人でありサウンドアーティストの鈴木昭男、かわさきよしひろ、フォトグラファーの桑原敏郎の作品が展示された。どれも耳をそばだてて静かに聞き入ったり、じっくりと見つめることに集中したい作品ばかり。たまたま、訪ねたときはほかに誰もいなかったのはラッキーだった。展示空間を独り占めすることができたのもだが、外の夕暮れ時の光が美しい時間でじつに贅沢なひとときになった。
2012/04/06(金)(酒井千穂)