2019年09月15日号
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artscapeレビュー

2012年05月15日号のレビュー/プレビュー

山崎博「写真的事件」

会期:2012/04/10~2012/05/10

GALLERY 360°[東京都]

1970~80年代に山崎博が試みた「写真による写真論」の先駆的な意味が、ようやく最近になって認識されてきたのはとてもいいことだと思う。今回の展示はホンマタカシの提案で実現したようだが、2000年代以降のホンマの作品に至るまでの日本の写真表現の系譜を、山崎の仕事を糸口にして辿り直すことも可能になってくるのではないだろうか。
写真史的な意味合いは別にして、NDフィルター付きのレンズで太陽の光跡を長時間露光した「Heliography」(1978)やゼロックスコピー機をカメラの代わりに使って風景をコピーする「Taken with Xerox」(同)などの仕事は、いま見ても充分にスリリングで面白い。あらゆる事象を光と影が織り成す「写真的事件」として検証していこうとする、当時の山崎の若々しい意欲が、作品のたたずまいからヴィヴィッドに伝わってきて興奮を覚えた。こういう作品群を見ていると、デジタル時代における「写真による写真論」も充分に可能なのではないかと思えてくる。若い写真家たちも見てほしい展覧会だ。
展示されている作品にはタイトルや年代の表記は一切なく(500分限定のカタログには表記あり)、すべてが非売品なのだという。写真はアート作品ではないというこのあたりのこだわりにも、いかにも山崎らしい頑固さを感じた。とはいえ、彼や田村彰英、長船恒利、浜昇、谷口雅、田口芳正、桑原敏郎などの同時代の仕事は、遅かれ早かれ現代美術の文脈に組み込まれていくだろう。1970年代の「写真による写真論」については、そろそろ美術館の出番なのではないだろうか。

2012/04/17(火)(飯沢耕太郎)

米田拓朗「笛吹川」

会期:2012/04/03~2012/05/06

KULA PHOTO GALLERY[東京都]

米田拓朗は5年ほど前から東京・新宿のphotographers’ galleryのメンバーとなり、同ギャラリーと隣接するKULA PHOTO GALLERYで、1年に1回くらいのペースでコンスタントに個展を開催してきた。だがこれまでは、どうもうまく彼の写真の世界をつかみ切れなかった。そのもどかしさが、今回の「笛吹川」のシリーズを見てかなり払拭されたように感じた。
笛吹川は、山梨県を流れる富士川水系の支流で、日本三大急流のひとつとされ、これまでたびたび氾濫して大洪水を引き起こしてきた。特に1907年の「明治40年大水害」のときには、河の流路が南西方向に7キロにわたって変わってしまうほどだったという。米田はこの川の、水中に沈んだり周辺に転がったりしている石にカメラを向けている。石の多くは急流によって削られて丸みを帯び、卵や赤ん坊の頭を思わせる有機的な形をとる。描写そのものはストレートで即物的なのだが、どこか見る者のイマジネーションを触発するそのたたずまいに、不思議に心惹かれるものを感じた。おそらく米田も、多種多様な石たちにカメラを向けつつ、彼らとの対話を自然体で楽しんでいたのではないだろうか。
米田はこれまで、都会の通行人の顔を中心にクローズアップで捉えたスナップショットのシリーズや、笛吹川流域の桃農家を取材した作品などを発表してきた。被写体を選択し、方法論を定め、撮影を進めていくプロセスに、揺るぎない意欲を感じるものが多かったが、その方向性はかなりばらついていた。だがこの「笛吹川」は、彼の写真家としての可能性を開花させていく重要な分岐点になっていくかもしれない。文字通り、石が転がり始めたようだ。

2012/04/18(水)(飯沢耕太郎)

ボストン美術館──日本美術の至宝

会期:2012/03/20~2012/06/10

東京国立博物館[東京都]

ボストン美術館が所蔵する日本美術の過去最大規模の里帰り展。日本美術には疎いぼくにも、アメリカに流出しなければ国宝になっていたであろう作品がいくつもあることくらいはわかる。とくにスゴイのが、繰り返し現れる赤い柱がモダンな《吉備大臣入唐絵巻》と、群衆や火炎の表現が目を惹く《平治物語絵巻》。これは間違いなく国宝もの。近世ではなんといっても曾我蕭白だ。まるで赤塚不二夫のマンガみたいにデフォルメされた《風仙図屏風》や《商山四皓図屏風》など10点ほど出ているが、やっぱり総延長10メートルを超す《雲龍図》にトドメを刺す。これは千葉市美の「蕭白ショック!!」よりショック度は大きい。とても充実した展覧会だった。以下余談。カタログ冒頭の「あいさつ」は展覧会の経緯と概要を述べる場所だが、ボストン美術館館長マルコム・ロジャースによる「メッセージ」には、「30年前、ボストン美術館の展覧会が日本で開催され」たとき「一人の若い学生が仙台から東京に足を運」んだが、「その学生が今や、本展覧会の共同キュレーターとなって」いるエピソードを紹介している。まさに血の通ったメッセージであり、名無しの「日本側主催者」による当たり障りのない「ごあいさつ」とは雲泥の差だ。ここらへんから意識を変えていかなければならないのではないか。

2012/04/19(木)(村田真)

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永沼敦子「GOLDEN HARVEST」

会期:2012/04/09~2012/05/05

東塔堂[東京都]

花ではなく植物の写真展だ。観賞用に切り花にされた被写体ではなく、大地に根を生やしてそこから成長してくる植物にカメラを向けている。花の写真にありがちな、センチメンタリズムやナルシシズムはまったくなく、むしろ萼や茎や葉の細部のフォルムにしっかりと目を凝らす植物学者の視線さえ感じさせる。とはいえ、それは決して堅苦しくなく、のびやかで、すべてが祝福されているようなポジティブな気分があふれている。永沼敦子の「GOLDEN HARVEST」のシリーズは、なかなか得がたい、チャーミングな「植物写真」としての姿をあらわしていた。
作品のサイズがあまり大きくないのも、このシリーズにちょうど見合っているのではないかと思う。古書店の本の合間の壁に、あまり押し付けがましくなく、ポストカード大の写真(丸いフレームに入っているものもある)が並んでいるたたずまいがなかなかよかった。マット系の紙に印刷した、和綴じの小ぶりな写真集(デザイン・加藤勝也)もとても雰囲気よく仕上がっていた。
ただ、永沼にはあまりこの「小さな世界」に充足していてほしくはない。デビューから10年以上が過ぎ、彼女自身が「GOLDEN HARVEST(実り多い収穫)」の時期を迎えつつあると思えるからだ。もう少し、制作のペースを上げていってもいいのではないだろうか。

2012/04/19(木)(飯沢耕太郎)

アンリ・ル・シダネル展──フランス ジェルブロワの風

会期:2012/04/20~2012/07/01

損保ジャパン東郷青児美術館[東京都]

シダネルといえばローデンバックの幻想的な小説『死都ブリュージュ』を思い出す(それしか思い出せない)が、今回初めてまとまった作品を見ることができた。なるほど、淡いブルー系の色彩を多用するのは印象派、細かいタッチで描く技法は点描派、バラの花や人けのない食卓で心象を暗示するのは象徴主義、夜景や黄昏時の風景が多いのは世紀末芸術、といったように19世紀後半のいろんな流派をいいとこどりしたような作品だ。それだけにメインストリームに割り込めない脆弱さも感じるなあ。だいたい初期を除いて人物がほとんど描かれてないのも、西洋美術史の王道からはずれてるし。でもその亜流感が妙に心をくすぐったりするのも事実。シダネルはフランス人だけど、こういうタイプの画家ってベルギー人に多くね?

2012/04/20(日)(村田真)

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