artscapeレビュー

2013年02月15日号のレビュー/プレビュー

内藤正敏「神々の異界──修験道・マンダラ宇宙・生命の思想」

会期:2013/01/05~2013/02/02

東北芸術工科大学 本館7階ギャラリー[山形県]

内藤正敏は写真家・民俗学者として活動しながら、長く東北芸術工科大学大学院教授を務めてきた。今年定年退職ということで、その退官記念展として開催されたのが本展である。
大学本館の最上階のかなり広いギャラリースペースに、自ら企画・構成した77点の作品が並ぶ。1960~70年代の代表作である「即身仏」「婆バクハツ!」「遠野物語」から、近作の修験道の現場を取材した連作まで、その作品の選択が実に行き届いていて、バランスがとれている。内藤の著作を見てもよくわかるのだが、写真や文章を再構築していく編集者としての能力がとても高いということだろう。
ひと言で言えば、内藤が写真を通じてもくろんできたのは、「視える自然」の背後に隠されている「視えない自然」の所在を明るみに出すことである。それは現実世界の光学像を定着するという写真の基本原理を踏み越えようとする営みであり、本来は実現不可能なものだ。ところが、内藤の写真を見ていると、たしかに「視えない自然」がありありと写し出されているように思えてくることがある。たとえば富士山8合目の烏帽子岩で、諸国の飢饉に苦しむ人々への救いを求めて、31日間断食した果てに入定した身禄という行者に成り代わるようにして江戸(東京)を遠望した作品(「神々の異界」より「富士山」1992年)を見ると、時空を一瞬のうちに飛び越えてしまうような奇妙なトリップ状態に陥ってしまう。内藤にとって写真と修験道は、不可視の領域に肉迫するための呪具の役目を果たしていることが、今回の展示を見てあらためてよくわかった。

2013/01/22(火)(飯沢耕太郎)

蔵真墨「イ・ケ・メ・ン」

会期:2013/01/18~2013/02/23

ツァイト・フォト・サロン[東京都]

蔵真墨の新作「イ・ケ・メ・ン」の展示を見ながら思い出したのは、アメリカの写真家ゲイリー・ウィノグランドのスナップショットの傑作『女は美しい』(Garry Winogrand, Women Are Beautiful, 1975)である。ヘテロセクシュアルな男性の眼から見た女性の魅力を、生命力あふれる写真群でぬけぬけと語り尽くした『女は美しい』とちょうど逆の方向から、『男は美しい』と言い切ってみせたのが今回の蔵の連作のように思えたからだ。だが、1960年代後半~70年代初頭の「ウィメンズ・リブ」や「カウンター・カルチャー」の時代を背景とした『女は美しい』とくらべると、時代状況と地域の違い(蔵の写真の主な舞台となっているのは東京と香港)もまた、明瞭に浮かび上がってくる。「イ・ケ・メ・ン」には、手放しの男性礼讃とはいい難い、やや鬱屈した翳りのような感情がうっすらと漂っているのだ。
今回の連作に使用されたのは、6×6判レンジファインダーカメラのニューマミヤ6である。同じフォーマットの一眼レフカメラの、画面の隅々までコントロールされたシャープな画像と比較すると、このカメラで撮影された写真にはどこか曖昧な領域が生じてくる。蔵自身「周囲に興味深い何かが写りこんでくる偶然」を期待してシャッターを切ったと語っているが、たしかに画面の周辺の部分のテンションは明らかに中心部よりも落ちているのだ。そのあたりにも、ウィノグランドの獲物を狙って仕留める狙撃手のような視点の取り方とは、違った感触があらわれてきているのではないだろうか。

2013/01/23(水)(飯沢耕太郎)

田尾沙織「ビルに泳ぐ」

会期:2013/01/14~2013/01/27

Raum1F[東京都]

1980年生まれの田尾沙織は、2001年に第18回「写真ひとつぼ展」でグランプリを受賞した。たしかその時点で同展の最年少受賞者だったはずだ。それから10年以上が過ぎて、このときの受賞作『ビルに泳ぐ』がPLANCTONから写真集として刊行されることになった。それにあわせて同社のIFのスペースで開催されたのが本展である。
会場を巡ってやや拍子抜けしたのは、そこに展示されていた29点が、受賞時の写真そのものだったことだ。田尾はそれからプロ写真家になり、広告やエディトリアルを中心に活動の幅を広げ、ニューヨークにも長期滞在した。当然、その間の経験の蓄積が、何らかの形で展示に反映されているのではないかと期待していたのだが、そうではなかったのだ。
たしかに「ビルに泳ぐ」は、いま見ても新たな才能の出現を予感させる佳作だ。6×6判の画面の浮遊感とバランスのよさ、被写体に対するデタッチメントを基調とする距離感、当時若い写真家たちの心を捉えていたやや希薄なパステル調の色味──すべてが水準以上であり、的確な表現力が発揮されている。だが、それはあくまでも2001年当時の水準であり、いまそれを見せられても仕方がないと思う。むしろ、このシリーズをイントロダクションとするようなその後の作品の展開をしっかり見てみたいのだが、彼女にその用意はあるのだろうか。

2013/01/24(木)(飯沢耕太郎)

溶ける魚──つづきの現実

会期:[第1会場]2013/01/10~2013/01/26、[第2会場]2013/01/10~2013/01/20

[第1会場]京都精華大学ギャラリーフロール、[第2会場]Gallery PARC[京都府]

絵画、彫刻、映像など表現ジャンルの異なる作家たちが「シュルレアリスム」をテーマに取り組んだ自主企画展。出品作家は荒木由香里、衣川泰典、木村了子+安喜万佐子、高木智広、中屋敷智生、花岡伸宏、林勇気、藤井健仁、松山賢、満田晴穂、麥生田兵吾の10名+1組。タイトルは、戦争や恐慌により人々が疲弊、憔悴していた時代のヨーロッパにあって、現状の不安や恐怖から目を背けずに己と向き合い、夢や無意識、本能などを鍵に真実を探求したシュルレアリストたちの態度への共鳴にもとづいてアンドレ・ブルトンの著作から引用された。そのアプローチのあり方は「つづきの現実」というサブタイトルが示しているのだが、ここではシュルレアリスムの技法や表現自体に影響を受けて日頃制作活動を行なっている作家や作品が紹介されたわけではない。今展は、これまでの価値観を覆す今日の現実社会の状況に鑑みながら、当時のシュルレアリストたちがそうしたように、自己の内面を見つめ直す作業とともに制作に挑み、いま自分が何をすべきか、何に目を向けているのかをそれぞれの表現から提示しようするものであった。会場は二つあったのだが、特にそれぞれの意欲と作品の魅力が堪能できた第一会場の展示は全体に見応えのあるものだった。

2013/01/25(金)(酒井千穂)

『五十嵐太郎研究室アーカイブス2005-2012』

発行日:2013年01月

東北大学の五十嵐研の8年間の活動をまとめた全208頁の本、『五十嵐太郎研究室アーカイブス2005-2012』が完成した。10年という節目ではなく、これを制作したのは、いまがちょうど五十嵐研の第一期が終わった頃と判断したからである(あいちトリエンナーレ2013が始まる今年が第二期のスタートになるだろう)。家型、広場、窓学、温室、聖地などのリサーチ、ヴェネチア・ビエンナーレ、横浜トリエンナーレ、3.11以降の建築展などの設営、出版や執筆の企画、『ユリイカ』のOMA事典や『美術手帳』のSANAAキーワード、南相馬の仮設住宅地計画など、さまざまなプロジェクトを紹介している。ほかには、五十嵐研の学生による東京建築コレクションの最優秀、卒計日本一決定戦の日本二、同ファイナリスト3作品を含む、全国レベルでの評価を獲得した5作品も収録した。

2013/01/25(金)(五十嵐太郎)

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