artscapeレビュー
2013年02月15日号のレビュー/プレビュー
森栄喜「intimacy」
会期:2013/01/29~2013/02/09
ZEN FOTO GALLERY[東京都]
かつてゲイの写真家が、自分のセクシャリティを前面に出した写真を撮影し発表していくときには、やや過剰とも言えるような演劇的な身振りをともなうことが多かった。ロバート・メイプルソープやピーター・ヒュージャーの、痛々しいほどに自傷的な表現を思い出していただければよいだろう。それが1990年代以降になると、より自然体で自分と恋人や友人たちとの関係を定着できるようになってくる。ライアン・マッギンレーの、能天気なほどに幸福感あふれる写真はその典型だ。
森栄喜の「intimacy」と題する新しいシリーズの展示を見ると、日本でも何の衒いも気負いもなく、ゲイの若者たちの心と体の揺らぎを写しとることができる世代が、ようやくあらわれてきたことがわかる。いやむしろ、男同士の関係というような色眼鏡で見る必要もないかもしれない。そこに写し出されているのは、撮影者と被写体との間に醸し出される文字どおり「親密な」空気感である。2011年の東日本大震災の後から撮り始められたこのシリーズでは、森は室内の淡い光の中で、ひたすらモデルの身体の各部分を目で撫でていく。だがそこから、これまであまり見たことがなかった景色が立ちあらわれてくる。展覧会のDMにも使われている、若い男性の、首筋を掻きむしったのだろうか、赤く血色を帯びて腫れた箇所を捉えた写真など、細やかで、肯定的で、どこか陶酔的でもある森の視線のあり方をよく示している。
前作の『tokyo boy alone』(自轉星球、2011)と比較しても、表現の深まりを感じとることができた。3月にナナロク社から刊行されるという同名の写真集も楽しみだ。
2013/01/29(火)(飯沢耕太郎)
今井智己「Semicircle Law」
会期:2013/01/26~2013/02/16
タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]
今井智己の「Semicircle Law」は、「震災後の写真」のひとつの形を示すものと言える。彼は2011年4月から2012年12月まで、福島第一原子力発電所から30km以内の複数の場所で撮影してきた。言うまでもなく、原発から半径20km圏内は立ち入り禁止の措置がとられている。今井が写したのはあまり特徴のない山並みや、森の木立や、鉄塔や建物が点在する風景だが、カメラは常に原発の方向に向いている。実際に原発の建屋らしいものが、はるか彼方に遠望できる写真もある。
今井の意図は明確であり、その方法論も的確で狂いがない。だが、展示を見て、さらにMatch and Companyから刊行された25点をおさめた写真集のページを繰っていると、どこか割り切れない思いが湧き上がってくる。このようなシリーズの場合、観客は今井のコンセプトに導かれて、ついつい画面の中で原発の所在を探してしまう。それが見つかれば安心するし、見つからなくとも「この風景のどこかにそれはあるのだ」と納得して、それ以上の想像力をシャットアウトしてしまいかねない。もともと今井の風景写真が孕んでいた、多義的な、しかも研ぎ澄まされた画面構成の魅力が、今回のシリーズではあまり伝わってこないように感じた。
このようなシリーズは、むしろ原発事故とは関係なく撮影されていた写真と、何らかの形で関係づけながら見せた方がいいのではないだろうか。また、これで撮影は完了というのではなく、もう少し粘り強く撮り続けることで、何か違った見え方が生まれてくる可能性もあるような気がする。
2013/01/29(火)(飯沢耕太郎)
プレビュー:PATinKyoto 京都版画トリエンナーレ
会期:2013/02/23~2013/03/24
京都市美術館[京都府]
日本が世界に誇る版画の歴史的文化。版画先進国と呼ばれる今日の我が国の多様な版画表現とその豊かな魅力を広く発信しようと、京都で新たに「京都版画トリエンナーレ」がはじまる。これは一般公募方式のコンクールではなく、全国の批評家、美術館学芸員、研究者、ジャーナリスト、作家などの推薦制による展覧会。今展では、現在活躍する若手から中堅の作家まで21名の版画表現が紹介される。
2013/02/15(金)(酒井千穂)
カタログ&ブックス│2013年2月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
会田誠作品集 天才でごめんなさい
2012年11月17日(土)〜2013年3月31日(日)まで、森美術館で開催中の「会田誠 天才でごめんなさい」展カタログ。「デビュー以来一貫して自らが生きる社会を凝視し続け、批評、風刺あふれるセンセーショナルな作品を発表し続ける会田誠。そのタブーに挑む表現から真の評価が遅れてきた会田の全貌を検証する」[青幻舎サイトより]
SUPER RAT
芸術実行犯Chim↑Pomの全貌! 2005年結成からパルコミュージアムでの個展「Chim↑Pom」までの代表作をすべて網羅。さらに国内外の評論家やキュレーターによるさまざまな論考を併載し、話題沸騰のアーティスト集団に迫る。[パルコ出版サイトより]
アシュラブック
興福寺 阿修羅像から東大寺 不空羂索観音像へ
興福寺の阿修羅像が美少年になった理由とは? 興福寺の阿修羅像は、日本の仏像の中でナンバーワンの「美少年」です。ですが、阿修羅のルーツをたどっていくと、ある疑問にぶつかります。阿修羅はそもそも鬼の神。インドや中国など各地でつくられた像の多くは、すさまじい形相をしているものが多々あり、美少年のイメージから遠くかけはなれています。では、なぜ興福寺の阿修羅像が生まれたのでしょうか? 本書では、美少年が生まれるヒストリーの裏に隠された、人間のさまざまなドラマに迫ります。また、最近の研究により新事実の発覚した、東大寺不空羂索観音像との関係もクローズアップ。さらに、奈良の美仏も多数収録。奈良の仏像の「美しさ」を徹底的に解説。仏像好き必見の一冊です。[美術出版社サイトより]
写真画報
荒木経惟「淫夢」×佐内正史「撮っている」
ふたりの写真家を選出し、それぞれの作品をほぼ同じページ数で掲載する新しい表現スタイルの写真雑誌です。写真表現を拡張する可能性を探りつつ、写真家の本質を対比によって表出させます。特集ではインポッシブルのインスタントフィルムで撮影した新作を発表する荒木経惟と、ストレートで純粋な表現で挑む佐内正史のふたりを取り上げます。それぞれ60 ページに渡るボリューム満点の撮り下ろしの作品ページとインタビューは、見応え十分です。他に最新写真ニュースやブックレビューなどのコラムを掲載しています。
[玄光社サイトより]
地域を変えるソフトパワー
アートプロジェクトがつなぐ人の知恵、まちの経験
東日本大震災が起きる以前から、地域社会の疲弊に対して多くの振興策が実施されてきた。しかし、それらはじゅうぶんな成果を上げられなかった。公共事業による箱モノ行政や、大規模商業施設の誘致がいっときのカンフル剤として機能したとしても、高度成長期より徐々に進んできた地方の過疎化と大都市への一極集中は食い止められず、地域社会は疲弊したままである。そうしたなか、新たな地域再生の試みが少しずつ成果を上げ始めている。多様な地域資源を再活用し、人々のコミュニケーションを応援し、2000年以降地域コミュニティ再生に不可欠な存在として浮かび上がってきたのが、アートプロジェクトである。このアートを社会に開く活動は、地域における小さな拠点開発に長けており、大規模の施設を必要とせず、最小の投資を最大限に活かすことができる。私たちは、全国の様々なアートプロジェクトが備えているそんな機能を、「ソフトパワー」と名付けてみたいと思う。地域に暮らす、あるいは関わる人々の「もやもやとした思い」を受け止め、様々な実践へと展開していくこと。着実に成果を生んでいる各地の取り組みを取材し、一つひとつ紐解いてみたい。柔軟な社会変革、だからソフトパワーなのである。[地域を変えるソフトパワー特設サイトより]
建築映画 マテリアル・サスペンス
建築家・鈴木了二は、建築・都市があたかも主役であるかのようにスクリーンに現れる映画を「建築映画」と定義します。「アクション映画」、「SF映画」や「恋愛映画」といった映画ジャンルとしての「建築映画」。この「建築映画」の出現により、映画は物語から解き放たれ生き生きと語りだし、一方建築は、眠っていた建築性を目覚めさせます。鈴木は近年の作品のなかに「建築映画」の気配を強く感じると語ります。現在という時間・空間における可能性のありかを考察するために欠かすことができないもの、それが「建築映画」なのです。ヴァルター・ベンヤミン、ロラン・バルト、アーウィン・パノフスキーやマーク・ロスコの言葉にも導かれながら発見される、建築と映画のまったく新しい語り方。本書で語られる7人の映画作家たち:ジョン・カサヴェテス、黒沢清、青山真治、ペドロ・コスタ、ブライアン・デ・パルマ、二人のジャック(ジャック・ターナー、ジャック・ロジエ)。黒沢清、ペドロ・コスタとの対話も収録。[LIXIL出版サイトより]
2013/02/15(金)(artscape編集部)