artscapeレビュー

2013年04月01日号のレビュー/プレビュー

プレビュー:KYOTO GRAPHIE international photography festival

会期:2013/04/13~2013/05/06

高台寺塔頭 圓徳院、京都文化博物館 別館、大西清右衛門美術館、有斐斎 弘道館、西行庵、誉田屋源兵衛 黒蔵、アンスティチュ・フランセ関西、ARTZONE、虎屋京都ギャラリー、ASPHODEL/富美代、二条城二の丸御殿台所、ハイアットリージェンシー京都[京都府]

京都市内の観光名所や寺院、町家、博物館、画廊など12カ所を会場に、国内外のアーティストたちが写真展を開催。高台寺×細江英公、西行庵×高谷史郎など、組み合わせの妙に興味が募る。個展以外にも、アルル国立高等写真学校の学生たちのグループ展や、ハッセルブラッド・マスター・アワード2012年受賞作品展、幕末から明治初頭の日本を捉えた写真を展示するクリスチャン・ポラック・コレクション展など、バラエティも豊かなのが嬉しい。

2013/03/20(水)(小吹隆文)

[デーデーデージー]グルーヴィジョンズ展

会期:2013/03/12~2013/04/26

dddギャラリー[大阪府]

デザインスタジオのグルーヴィジョンズ(GROOVISIONS)のデザインワーク637点が集結した展覧会。1993年の設立以来の作品が時代順に展示されるディスプレイを想像していたのだが、実際の会場構成はまったく違っていた。dddギャラリーの四角いスペースに置かれているのは、白く細長い展示台ひとつと輸送用木箱ひとつのみ。白い展示台は部屋全体を斜めに横切るように配置され、それはギャラリーのガラスのファサードを越えて建物の外側にまで延びている。シンプルだが、インパクトのある展示だ。
展示台の上には無数の作品が整然と配置されている。そこにはグルーヴィジョンズのトレードマークともいえる人物モティーフ「chappie」がフィーチャーされたデザインもあれば、東京・京橋の「100%ChocolateCafe.」の商品パッケージや雑誌『Casa Brutus』の表紙、影絵のようなグラフィックデザインなど、これもあれもグルーヴィジョンズだったのかと思うような作例もある。商品の数も多いが、種類の多さも半端ではない。本やパッケージのグラフィックは無論のこと、ヘルメットやスケートボード、扇子のデザインまであるのだ。一つひとつをじっくり見ていくと半日はかかるだろうが、その作業はきっと楽しい。来場者は必ずや展示台の上に自分の所有品を見つけるだろう。
ランダムに見える商品の配置には、じつは大きな仕掛けがある。ギャラリーの外側に突き出た部分の端から部屋の奥の端に至るまで、展示台を埋め尽くす商品はマンセル表色系(色の物差しの一種)のごとくピンクから赤、オレンジ、黄、グレー、緑、青へと変化する色のグラデーションをつくっているのだ。個々の商品は必ずしも単色で構成されているわけではないから、商品の群れがつくるグラデーションは、印象派の筆触分割がもたらす効果と同様、綿密な計算のもとに生じている。思い起こせば、chappieが世に出たとき、誰もがその造形はもとより、繊細な色彩にも衝撃を受けた。カラフルでありながら、どこかしら日本の伝統色を想わせる落ち着きをもったその色は、輪郭線を欠いた人物像を彩ることでいっそう際立っていたのだ。そうしたグルーヴィジョンズの色へのこだわりがじつにうまいやり方で表現されたこの個展には脱帽するしかない。[橋本啓子]


以上、すべて展示風景
提供=dddギャラリー」

2013/03/23(土)(SYNK)

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維新の洋画家──川村清雄

会期:2013/02/09~2013/03/27

静岡県立美術館[静岡県]

旗本の子であった川村清雄(1852~1934)は、明治維新に際して徳川家達に従って静岡に移った静岡ゆかりの画家である。明治4年には徳川家の援助を受けてアメリカ、後にヴェネツィアで絵を学び、明治14年に帰国。もっとも早い時期に海外で油彩画の技法を学んだ画家のひとりである。その作品の特徴は、油彩画の技術を極めながらもモチーフや構図、描線が日本画的である点にあろう。絵の支持体もカンバスばかりではなく、絹地、漆器、板、黒繻子の帯にまで及んでいる。和洋折衷、あるいは和魂洋才と呼ばれる所以である。明治40年の東京博覧会における審査官辞任以降は画壇と距離を置き、その没後はなかば忘れられた画家とされてきた。しかし、ご子息の清衛氏(2002年没)の努力と、明治美術学会の活動により、近年になって作品・資料の調査が進み、1994年には静岡県立美術館で最初の回顧展が開催されている(1994/8/13~9/25)。今回の展覧会は、清衛氏の没後に寄贈された川村家資料を所蔵する江戸東京博物館との共催による文献資料の渉猟と作品研究の両面からの最新の研究成果である(本展図録は美術館連絡協議会2012年の「優秀カタログ賞」を受賞した)。東京展では歴史に重点をおいた展覧会という印象があったが、静岡展では絵画作品の展示に重点がおかれ、オルセー美術館から里帰りした《建国》(1929)を含め、広い展示室でゆったりと鑑賞することができた。
 日本絵画史では長らく忘れられた画家とされてきた川村清雄は、存命中は貧しく暮らし、遅筆ゆえに一部に悪評はあったものの、作品が残り、再評価が可能になった背景には同時代の支援者たちの存在がある。勝海舟や徳川家達、小笠原長生など徳川家ゆかりの人々のほか、経済学者の和田垣謙三や、出版社至誠堂の加島虎吉などの支援があってこそ、清雄は独自の絵画を追求することができた。春陽堂や至誠堂との仕事は経済的な支えとなったばかりではなく、文学者たちとの繋がりをもたらした。彼らが清雄の作品に魅了されていたのはもちろんのことであるが、その人物にも大いに惚れ込んでいたようである。明治32年の個展開催に尽力したのは橋本雅邦であった。昭和2年の展覧会発起人には和田英作、岡田三郎助、藤島武二らが名を連ね、最終日には東伏見宮妃が観覧に訪れている。聖徳記念絵画館の80枚の壁画の制作を委嘱するにあたって、川村清雄は最初に名前を挙げられた画家であり、彼は10年近い歳月をかけて大作《振天府》(1931)を完成させている。清雄を推挙したのは明治神宮奉賛会会長でもあった徳川家達であった。こうした川村清雄の作品づくり、人間的魅力を知ることができる第一の文献は木村駿吉の『川村清雄 作品と其人物』(私家版、大正15年)であろう。稀覯書ではあるが、近代デジタルライブラリーで閲覧可能である。[新川徳彦]

関連レビュー

維新の洋画家──川村清雄|村田真
もうひとつの川村清雄 展|SYNK

2013/03/23(土)(SYNK)

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明治の海外輸出と港

会期:2013/02/26~2013/04/07

フェルケール博物館[静岡県]

静岡の特産品である茶の輸出に焦点を当て、清水港発展の歴史を紹介する展覧会である。おもな展示品は「蘭字(ランジ)」。蘭字とは茶を輸出するときにパッケージや箱に貼られた多色木版画によるラベルである。開港以来、明治期日本の主要輸出品は、生糸と茶であった。このうち、輸出品の商標としては生糸のラベルが知られているが、デザイナー・井手暢子氏の研究により茶のラベルも注目されてきている。蘭字には茶のブランドや品質、輸出商の名前などを示す英字に、芸者や福助、牡丹などの日本的なイメージが添えられ、折しもジャポニスムのブームに乗って、輸出先で人気を博したという。
 清水港は最初から茶輸出の拠点であったわけではない。静岡の茶はいったん清水港に集められ、そこから船で横浜に送られ、風味を損なわないための再製加工が行なわれてから海外へと輸出された。ところが明治22(1889)年に東海道本線が開通すると、茶の輸送は鉄道に取って代わられ、中継基地としての清水港の役割は低下した。この危機にあたって地元の有力者たちが尽力し、明治32年に清水港は開港場に指定され、輸出貿易が可能になった。茶葉の再製工場も設立され、明治39(1906)年に念願の茶の直輸出がはじまる。輸出量はすぐに増加し、明治42年には横浜からの茶輸出を凌駕するようになった。静岡の中心部の茶町や鷹匠町には外国人商館が建ち並び、清水港まで茶の輸送のための鉄道も敷設され、大正6(1917)年には清水港は日本の茶輸出の77%を占めるに到った。茶ラベルの需要も高まり、新茶の時期が近づくと静岡の蘭字製作所には全国の浮世絵職人が集まってきたという。
 今回の特別展には蘭字のほかに輸出用茶箱、静岡鉄道のレールや時刻表、生糸の商標やパッケージ、輸出工芸でもあった静岡の漆器類も出品されている。清水港発展の歴史に関わる数々の資料が展示されている常設展と合わせてみると、「蘭字」の興隆は明治期から昭和初期にかけてのデザイン、ブランディングの優れた事例であるばかりではなく、地域史、産業史とも密接に関わっていることがよくわかる。[新川徳彦]

2013/03/23(土)(SYNK)

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ダンス企画おやつテーブル『お葬式』

会期:2013/03/23~2013/03/24

RAFT[東京都]

岡だ智代、おださちこ、木村美那子、まえだまなみの4名によるおやつテーブルは、2007年から継続的に公演を催しているダンスグループ。世代の違う、ダンス出自もさまざまな女性たちが、「おやつ」というキーワードに象徴されるような、デリケートで味わいのあるダンスを踊る。「ダンス」というと手脚を大きく伸ばしてアグレッシヴに運動するあれやこれやをイメージするかもしれないけれど、おやつテーブルはそういう「ダンス」とは相当異なる。あえていえば(とくに初期の)ピナ・バウシュに近い。日常のしぐさを取り出して、反復し、見る者に何かを知覚させる。それは甘く切なく儚い生というものの感触。とくにこの企画は、これまで会場が劇場やスタジオではなく、多くの場合、ダンスとは直接関係ない日常的な場所を用いるのに特徴があった。日常的な場で日常的なしぐさを、日常の衣服に身を纏ったパフォーマーが行なう。すると、その仕草に導かれて見る者のさまざまな記憶が刺激され、目の前の動作のみならず、個人的な記憶まで引き出されて、多層的で豊かな場が生まれるのだ。小さい動きだからこそ滲み出てくる感情があるのだ。今回でいえば、岡だ智代が横向きにだらりと座り、小さく、首を傾けたり、腕を揺らして見せたときの、なんとも言えない、微妙な色気のごときものはどうだろう。特筆すべき妙技とか美しいフォルムとかではないのに、見る者を釘付けにしてしまうのだった。岡だの肉体が堆積してきた経験とでもいうべきなにかを目撃してしまった気がする。今作は、タイトルが「お葬式」。黒服で現われるかと思いきや、4人は白っぽいふわっとした衣裳。彼女たちは送られる側のようだ。『葬送行進曲』を超スローに奏でるピアノが最初から最後まで随伴する。ウエディングドレスのなかに潜って、首を出さずにドレスを踊らせたおださちこなど、印象的な瞬間はいくつもあったけれど、彼女たちのデリカシーを最大限に引き出すためには、やはりスタジオではなく日常の空間(もちろん葬儀場が最良だろう)で見たかった。

2013/03/24(日)(木村覚)

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