2018年10月15日号
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artscapeレビュー

北井一夫「村へ」

2014年05月15日号

会期:2014/04/25~2014/05/31

ツァイト・フォト・サロン[東京都]

欧米のアート・マーケットでは、ヴィンテージプリントの価格が高騰している。言うまでもなく、撮影されてすぐに印画紙に焼き付けられ、そのまま時を経て現存しているプリントのことだ。希少価値はもちろんだが、撮影当時の空気感を生々しく感じられるものが多く、写真作品のコレクターの間では人気が高い。日本の写真家たちの1960~70年代のヴィンテージプリントも、欧米のコレクターたちにとっては垂涎の的のようだ。ちょうど前回の橋本照嵩展に続いて、今回の北井一夫展も「全てヴィンテージプリント」の展示だったのが、ちょっと面白いと思った。僕自身はヴィンテージ絶対主義者ではないが、コレクターたちの心理も充分に理解できる。ややセピア色に褪色したりしているプリントの前に立つと、その中に強い力で引き込まれていくように感じるからだ。
もっとも、それが北井一夫の「村へ」の展示だったことも大きな要素ではあるだろう。彼が1970年代前半に『アサヒカメラ』に連載し、75年に第一回木村伊兵衛写真賞を受賞したこのシリーズは、いま見てもいぶし銀の輝きを発している。人物を突き放すように、やや距離を置いて画面の中心に置き、周囲を大きくとって村の環境を細やかに写し込んでいくスタイルは、当時多くの写真関係者を驚嘆させたものだ。一見無造作なようで、そこには北井の写真家としての周到な配慮があり、当時急速に解体しつつあった村落共同体のありようを、哀惜を込めて写しとっていくにはそのやり方しかなかったことが伝わってくる。その名作を35点のヴィンテージプリントで見ることは、他に代えがたい歓びを味わわせてくれる視覚的体験だった。

2014/05/01(木)(飯沢耕太郎)

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