2024年03月01日号
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artscapeレビュー

篠山紀信『ATOKATA』

2012年01月15日号

発行所:日経BP社

発行日:2011年11月21日

篠山紀信が東日本大震災の被災地を撮っていることは知っていたし、作品の一部も『アサヒカメラ』(2011年9月号)の「写真家と震災」特集などで目にしていた。その時点では、どちらかといえば否定的な見方だった。これまで途方もないキャリアを積み重ね、現在もAKB48のような芸能界の最前線を撮ることができる写真家が、なぜわざわざ震災を撮らなければならないのか、まったく理解できなかったからだ。ところが、実際に書店に並び始めた大きく分厚い写真集『ATOKATA』のページをパラパラめくっていくうちに、自分でも意外な思いが湧いてくるのを感じた。むろん、釈然としない気分が完全に消えてしまったわけではない。だが、そこに並んでいる津波に根こそぎにされた松林や、散乱する瓦礫、破壊された家々の写真は、たしかに「写真家」の仕事としてのクオリティと強靭さを備えていた。こういう言い方は誤解を産むかもしれないが、そこには「見る」ことの健康な歓びがあふれ出ているようにも感じた。死の影に覆われた被災地の写真にもかかわらず、あらゆる場面に圧倒的な生命力が横溢しているのだ。どうしても認めざるをえないのは、これは篠山紀信以外にはまず撮れない「震災後の写真」であるということだ。ほかにもさまざまな理由があるだろうが。最初に彼を捉えたのは「見たい」という強烈な欲望なのではないだろうか。篠山の意志というよりは、彼の巨大で貪欲な「目ん玉」が、彼を現場まで引きずっていったという方が正しいかもしれない。結果としてその欲望のおもむくままに、見るべきものを見尽くすまで「全身全霊で向き合った」写真群が残された。この写真集を、売れっ子写真家の売名行為だとか、被災者を食い物にしているとか批判するのは簡単だ。だが、篠山自身は、そんな批判が出てくることなど百も承知だろう。自分の「目ん玉」の要求にとことん応えていくことが、この写真家の職業倫理であり、今回もそれを貫いているだけだと思う。ただ、5,800円+税という値段の写真集を、いったい誰が買うのだろうかという疑問は残る。巻末の「被災された人々」のポートレートも、いい写真だが、このままだとアリバイづくりに見えかねない。こちらを中心にした廉価版の写真集も考えられるのではないだろうか。それと、篠山にはぜひこの後も東北を撮り続けてもらいたい。彼の写真のポジティブな力が必要になるのは、むしろこれからだからだ。

2011/12/23(金)(飯沢耕太郎)

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