artscapeレビュー

ソフィ・カル「最後のとき/最初のとき」

2013年05月15日号

会期:2013/03/20~2013/06/30

原美術館[東京都]

フランスのアーティスト、ソフィ・カルの作品はおおむね自伝的な出来事、記憶にかかわることが多い。さもなければ、自分自身のパフォーマンスが他者に及ぼす影響がテーマとなる。ところが、今回原美術館で展示された「最後のとき/最初のとき」では、珍しく他者の体験を受容することが起点となっている。いつもの、傷口の瘡ぶたを引きはがすような痛みをともなう強烈な作品を期待すると肩すかしを食うが、これはこれで彼女の「物語」構築能力の高さをよく示す仕事だった。
美術館の2階スペースに展示された「最後のとき」は、盲目の人たちに自分が最後に見たイメージとは何かを問いかけ、その答えとそのイメージを再撮影した写真、さらに彼らのポートレートを組み合わせたものだ。明らかに、生まれつき目の見えない人たちに、彼らにとっての「美しいものとは何か」と問いかけ、その答えとなるイメージを撮影した「盲目の人々」(1986年)につながる作品と言えるだろう。スリリングなテキストと、静謐な写真の組み合わせによって、「見る」という体験の意味が問い直されていく。
1階スペースには、新作の「海を見る」が展示されていた。こちらは映像作家のキャロリーヌ・シャンプティエとの共同作品で、トルコ内陸部に住む人々をイスタンブールの海岸に招き、海を見るという体験の「最初のとき」を撮影した映像のインスタレーションだ。老若男女が登場するのだが、特に老人たちの歓びとも憂いともつかない微妙な表情が印象的だった。ソフィ・カルというアーティストの懐の深さを感じさせてくれるいい展示だと思う。

2013/04/16(火)(飯沢耕太郎)

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