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artscapeレビュー

JIS is it ─見えない規格─

2016年01月15日号

会期:2015/12/05~2015/12/20

東京都美術館[東京都]

「JIS」とは日本工業規格のこと。本展は日常生活のなかに溢れているJIS規格を共通テーマとしたグループ展である。企画したのは、東京藝術大学出身の繪畑彩子、折戸朗子、町田沙弥香、弓削真由子による「芸術コンプレックス」で、会場内にそれぞれの作品を展示した。
折戸はJIS規格を拡大解釈した作品を発表した。極端に横に長いスケッチブックは水平線を、逆に縦に長いそれは大きな滝を、それぞれ描くのにふさわしい。道に広がりながら歩く中学生を蹴散らすための指に装着できるベルなど、ユーモアにも富んでいる。折戸が示したのは、既存のJISに対するユーモアを含めた批判的な提案である。
そのJIS規格を身体化しようとしたのが、弓削。全国的に統一された畳を同じサイズの紙に鉛筆でそのままなぞって描いた。畳の井草の目はもちろん、表面に落ちたゴミや影も忠実に転写するほど、芸が細かい。規格という抽象的な存在は、だからこそ日常生活の隅々に浸透している。弓削は、それを身体で把握することによって具体的に再確認しようとしたのではなかったか。
一方、JIS規格に覆い尽くされた世界の内実を暴き出そうとしたのが町田と繪畑である。
町田は電柱に貼付された貼り紙が剥がされた後、そこに残された糊の跡を写真に収めた。そこには糊付けした当事者ならではの手癖がはっきりと現われており、標準化された電柱がある種の創造性を発揮する場所にもなっていることがわかる。普段は眼にすることはないとはいえ、どこかの誰かが何かしらの表現を試みている。町田の視線は規格化された世界の向こう側に生々しい人間を見ようとしているのだ。
他方、JIS規格の底に神話的世界を出現させたのが繪畑である。繪畑は、消しゴム版画で彫り出したイメージを絵巻物のような長大な支持体に連続させることで、壮大なアニメーション映像をつくり出した。動植物と人間が融合したような奇妙な生命体が妖しく揺れ動く世界が、私たちの目を奪ったのは間違いのない事実である。だが、それがJIS規格という標準化された世界から生み出されたことを思えば、私たちの眼に映る世界の奥には魑魅魍魎が跋扈する異世界が広がっているのかもしれない。
いずれにも通底しているのは、JIS規格という私たちの日常生活を規定する外的要因を、作品を制作する動機のひとつとして考え含めている点である。逆に言えば、彼女たちは野放図な自己表現に耽溺しているわけではない。多くの美術大学では、それぞれの自己の内面や自分史、アイデンティティなどを無条件に作品の構成要素として容認しているが、そこに決定的に欠落しているのは、政治的社会的な外的要因である。それゆえナイーヴで傷つきやすい内面をそのまま露出させた作品が果てしなく量産される結果となっている。
だが重要なのは、自分がいかに表現するかというより、むしろ自分がいかに表現させられているか、そのからくりを知ることである。美術大学を卒業した彼女たちが、誰に教わるでもなく、自発的にJIS規格に着目したことは、自己教育の成果として大いに評価されるべきであり、美術大学の学生は彼女たちを模範とするべきだ。

2015/12/06(日)(福住廉)

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