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artscapeレビュー

潘逸舟 存在を支配するもの

2016年01月15日号

会期:2015/12/05~2015/12/20

高架下スタジオSite-Aギャラリー[神奈川県]

潘逸舟は上海生まれの日本人。中国と日本のあいだで引き裂かれ、あるいは双方を架橋する、アイデンティティの問題を一貫して表現してきた。なかでも優れているのは、昨今の日中外交問題の争点とされている尖閣諸島のイメージを、ゆっくりと水没させる映像作品である。水平線に沈んでいく太陽のように、島のシルエットが徐々に消えていくモノクロ映像は、社会的政治的な意味を超えて、幽玄の美ともいうべき詩情を醸し出していた。
今回の個展では過去作も含めて5点の作品が展示されたが、もっとも注目したのは新作《ミュージカル・チェア》。表裏の二面にそれぞれプロジェクターで映像を投影した映像インスタレーションである。表面には干潮時に海中から現われる小島で5人の男が椅子取りゲームをする映像を、裏面には同じ海の満潮時にその小島が海中に消えていく映像を、それぞれ映し出した。
男たちは海底の石を椅子として椅子取りゲームを繰り広げるが、一人また一人と画面から消えていき、最後に残った一人にしても、ほどなくして島を後にする。結局のところ、島には誰もいなくなり、それもやがて海に消えていくというわけだ。
この映像作品の撮影場所は対馬。言わずと知れた日本と韓国の文化的な接触領域である。だとすれば、男たちの椅子取りゲームは国境線や領土をめぐる政治的な抗争のメタファーとして読めなくはない。だが、潘の視線はここでもそのような表層を超えている。椅子取りゲーム=領土争いというきわめて人為的な振る舞いは、とどのつまり自然の中に雲散霧消するほかないからだ。
潘逸舟の作品に通底しているのは、無為と自然の道を重視する老荘思想なのかもしれない。

2015/12/19(日)(福住廉)

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