artscapeレビュー
2017年03月15日号のレビュー/プレビュー
田淵三菜『into the forest』
発行日:2017年2月7日
期せずして、ビジュアルアーツアワードを受け継ぐようなかたちで、入江泰吉記念奈良市写真美術館が主催する入江泰吉記念写真賞が、第2回目にあたる今回からグランプリ受賞者の写真集を刊行することになった。「写真集をつくる」ということが、日本の写真家たちの大きな目標になってきたことは間違いないが、特に若い写真家たちにとっては、経済的な理由なども含めてハードルが高い。このような企画の存在意義は、すぐにはあらわれてこないかもしれない。だが、長い目で見れば、クオリティの高い写真集が残っていくことの意味は、計り知れないほど大きいのではないだろうか。
今回、101点の応募のなかから受賞作に選ばれたのは、1989年生まれの田淵三菜の「into the forest」だった。1年間、群馬県北軽井沢、浅間山の麓の森の近くにある山小屋に住みついて撮影した写真を、ひと月ずつ区切って並べている。冬から春、夏、秋を経て、再び冬へ、季節の移り変わりとともに次々に目の前にあらわれてくる森の植物や生きものたちの姿を、光や風とともに、文字通り全身で受けとめて投げ返した、みずみずしい写真群だ。これまた新世代の手による、まったく新しい発想と方法論の「自然写真」の芽生えを感じさせる作品といえるだろう。
写真集の造本は町口覚。マット系の用紙の選択、折り返しの写真ページを巧みに使ったレイアウトが鮮やかに決まった。『Daido Moriyama: Odasaku』もそうだが、このところの町口のデザインワークは水際立っている。なお、入江泰吉記念奈良市写真美術館では、2月7日~4月9日に受賞作品展として田淵三菜「into the forest」が開催される。
2017/02/21(火)(飯沢耕太郎)
草間彌生 わが永遠の魂
会期:2017/02/22~2017/05/22
国立新美術館[東京都]
まず最初の部屋は、大きなキャンバスを3枚つなげた巨大な富士山の絵。なんじゃこりゃー? 次の部屋に進むと……またもや、なんじゃこりゃー? 向こう側の壁までぶち抜きの大空間に、一辺2メートル近い正方形のキャンバスが数百枚、びっしりと並んでいる。水玉あり網目あり、ジグザグありハッチング(平行線)あり、顔や目玉らしき形態あり、それらが自由に組み合わされ、原色の絵具で自在に塗りたくられている。新作の「わが永遠の魂」シリーズだ。これは壮観! その次の部屋に入ると、ようやく1940-50年代の最初期の作品に出会える。幻覚から逃れるために描いたという絵画で、偶然なのかポロックや河原温の初期作品を彷彿させる作品もある。その次の部屋は、渡米後に編み出した網目模様を無限に繰り返していくパターンペインティングが続き、さらにハプニングの映像、無数の突起や水玉模様のついたポップなオブジェなど、60年代に表現が多様化していくのがわかる。ここまでが前半。
後半は、アメリカから帰国後の70年代のコラージュから始まる。ここでハッと思った。これって最初期の幻覚絵画とよく似てなくないか? 1973年に帰国したのも体調不良のためだったというし、いわばフリダシに戻ったような感じ。さらに80-90年代は、50-60年代の作品をシャッフルしたようなポップなパターンの繰り返しとなって、再び大空間の「わが永遠の魂」に戻ってくる。ああなるほど、「わが永遠の魂」シリーズはこれまでの彼女の「幻覚」「繰り返し」「ポップ」の3要素を自由自在に組み合わせたもんなんだと納得。草間の個展はこれまで何度も見てきたが、今回ほど腑に落ちたことはない。ぼくのなかではすでに陳腐化していた草間彌生像が、何十年ぶりかで更新された感じ。これもすべて「わが永遠の魂」の思い切った展示のおかげだ。
2017/02/21(火)(村田真)
第9回恵比寿映像祭「マルチプルな未来」
会期:2017/02/10~2017/02/26
東京都写真美術館、日仏会館、ザ・ガーデンルーム、恵比寿ガーデンプレイスセンター広場、地域連携各所ほか[東京都]
恵比寿映像祭へ。印象に残ったのは、まず「マルチプルな未来」の主題どおり、ズビグ・リプチンスキーの短編である。ある部屋を出入りする人の映像が何度もループしながら、登場人物がどんどん増え、ついには36人に到達する。1981年の作品だから、アナログな複写と合成技術だけど、いま見てもインパクトのあるアイデアだった。もうひとつが去年のヴェネツィア・ビエンナーレ建築展2016にも出品したフォレンジック・アーキテクチャーである。まさに「前線からの報告」といった内容で、ネットなどを活用し、数多く収集した紛争地の爆弾映像を空間的に解析し、最後はその形状をオブジェ化する。このリサーチは修士設計でもできそうな手法だが、本当にこのプレゼンテーションで学生が見せたら、おそらく驚愕するだろう。
2017/02/22(水)(五十嵐太郎)
普後均「肉体と鉄棒」
会期:2017/02/15~2017/02/25
ときの忘れもの[東京都]
「肉体と鉄棒」というのはなかなか面白いタイトルだ。ある日突然、普後均にそのタイトルが「降りてきた」のだという。すぐに近くの鉄工所に赴き、「高さも幅も2mほどの組み立て式の鉄棒を作ってもらった」。タイトルが先に決まるというのは、特に珍しいことではないが、そこから作品に落とし込んでいくときには、周到で注意深い操作が必要になる。普後は、まず新品の鉄棒を数年間自宅の外に放置して錆びさせ、2003年頃からようやく撮影にとりかかった。それから10年以上をかけて、少しずつ数を増やしていったのがこの「肉体と鉄棒」のシリーズである。会場には深みのあるトーンのモノクローム印画、17点が展示されていた。
鉄棒にはさまざまなものが乗ったり、ぶら下がったりしている。ヌードの女性もいるし、バレーシューズを履いた脚、猿、蛇、カタツムリなどの生きもの、氷や医療用器具まである。それらの取り合わせは、当たり前のようでいて、そうではないぎりぎりの選択がされており、ピンと張り詰めた緊張感を覚える。とはいいながら、融通無碍で、どこかユーモラスでもあるのが面白い。ほぼ同時期に撮影していた、貯水槽の丸い蓋の上にさまざまな人物たちを配置する『ON THE CIRCLE』(赤々舎、2012)のシリーズでもそうなのだが、普後は演劇的なシチュエーションを緻密に構築していくことに、独特の才能を発揮しつつあるようだ。このシリーズもぜひ写真集にまとめてほしい。同時に、彼が次にどんな写真の舞台を設定するのかが、とても楽しみになってきた。
2017/02/23(木)(飯沢耕太郎)
原田真宏+原田麻魚/MOUNTO FUJI ARCHITECTS STUDIO《Seto》
[広島県]
マウントフジの集合住宅《Seto》へ。端部のタワー棟でバランスを取りながら、海に面した傾斜地に思い切りキャンチレバーで張り出しつつ、上部では地域に開かれた大きなテラスを提供する。今回、このエリアで興味深い建築が続々と誕生しているのは、常石造船が施主になり、フェリエ肇子のコーディネイトゆえという背景を知る。
2017/02/23(木)(五十嵐太郎)