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2020年08月01日号のレビュー/プレビュー

ARTPLAZA 磯崎新パネル展、坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで

大分市アートプラザ、大分県立美術館[大分県]

大分市と由布院を訪れ、師弟である磯崎新と坂茂を比較する機会を得た。前者が手がけた《大分市アートプラザ》(旧大分県立大分図書館)では、公共建築を中心とした「ARTPLAZA 磯崎新パネル展」が、後者による《大分県立美術館》では、開館5周年記念事業として1階のフロアをまるごと使いきる大型の個展「坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで」が、それぞれ開催されていた。いずれも自作における展覧会であり、会場の建築そのものが最大の展示といえるだろう。

興味深いのは、両者のプレゼンテーションの手法である。磯崎が木の模型を使用していたことはよく知られていよう。スタイロやスチレンボードなどの素材を使った、通常の建築模型がすぐに劣化するのに対し、木造の模型は長期的な耐久性をもつからだ。実際、ルネサンスの時代に制作された木の模型は現代まで残っているし、日本でも前近代の木造雛形が文化財になっている。とすれば、100年以上存在できるかあやしい現代の日本建築よりも、木の模型の方が残る可能性が高い。それゆえ、彼の模型は、建築の理念を表現する媒体になっている。


磯崎新が手がけた《大分市アートプラザ》の外観


「ARTPLAZA 磯崎新パネル展」の様子と木の模型


一方、坂の展示では、1/3のスケールなど、ときには会場の天井に届くような大型の木造模型が特徴である。それは必ずしも全体のかたちを示したものではなく、部分模型だったり、ディテールを確認するモックアップに近い。また彼は、スウォッチのオフィスなど、木を多用することでも知られているが、実際の建築でも木造に挑戦している。鉄筋コンクリートの建築を木で表現しているわけではない。すなわち、坂の場合、モノとモノがどう組み合わさるかを具体的に示すためのツールとして、木の模型が位置づけられている。また表層として木を使うのではなく、あくまでもテクトニクスを重視していることもうかがえるだろう。


大分県立美術館における「坂茂建築展」の展示風景



「坂茂建築展」に展示されていた木造模型



「坂茂建築展」に展示されていた《静岡県富士山世界遺産センター》の木造模型

由布院の駅周辺では、両者の共演を楽しめる。なぜなら、磯崎が《由布院駅舎》(1990)、坂が《由布市ツーリストインフォメーションセンター》(2018)を設計しているからだ。いずれも木を使うが、やはり二人の違いが浮かびあがる。磯崎は理念的な幾何学のかたちを優先しているのに対し、坂は湾曲する大断面の集成材によって大胆な木の架構を成立させることに主眼を置く。


磯崎新が手がけた《由布院駅舎》の外観



坂茂が手がけた《由布市ツーリストインフォメーションセンター》

ARTPLAZA 磯崎新パネル展
会期:2020/06/01〜2020/08/30
会場:大分市アートプラザ(大分県大分市荷揚町3-31)

坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで
会期:2020/05/11~2020/07/05
会場:大分県立美術館(大分県大分市寿町2-1)

2020/07/05(日)(五十嵐太郎)

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100年前にカワセミを撮った男・下村兼史 —日本最初の野鳥生態写真家—

会期:2020/07/01~2020/09/30

写真歴史博物館[東京都]

鳥類の生態写真の草分けである下村兼史(1903〜1967)の展覧会「下村兼史生誕115周年──100年前にカワセミを撮った男・写真展」は、2018年9月に東京・有楽町の有楽町朝日ギャラリーで開催され、好評を博した。ただ、会場が写真関係者には馴染みの薄い場所だったのと、会期が1週間ほどで短かったこともあり、見過ごした方も多かったのではないかと思う。その下村の写真を、本展で再見できたのはとてもよかったと思う。

点数は50点余りと少なくなったが、今回の展示では前回とは違った下村の新たな側面を見ることができた。まず、ヴィンテージ・プリントが多かったので、大正から昭和期にかけて活動した写真家に特有の、柔らかな調子のモノクローム・プリントの醍醐味を味わうことができた。下村は資生堂社長の福原信三を中心に活動していた写真芸術社が主催した「写真芸術第二回当選印画並びに同人作品展覧会」に、「河畔の暮」で三等一席に入賞するなど、当時の「芸術写真」の絵画的な美意識に強い親近感を抱いていた。そのことが、彼が遺したプリントを見るとよくわかる。また、今回の展示には、三省堂から刊行された『観察手引原色野鳥図』(上巻・1935、下巻・1937)に収録された、野鳥の図版の原画が5点出品されている。下村が自ら水彩で描いた、ベニヒワ、ライチョウ、オオルリなどの出来栄えは見事なもので、彼が緻密な自然観察力だけでなく、優れた絵心を備えていたことがよくわかった。

戦後になると、鳥の写真も科学的な視点で撮影された生態観察写真が中心になるのだが、下村の戦前の仕事には、絵画と記録とがまだ分かち難く融合していた時期の写真表現のあり方が色濃くあらわれている。デジタル時代のネイチャー・フォトの方向性を考えるうえで、ヒントになりそうな気もする。

関連レビュー

下村兼史生誕115周年──100年前にカワセミを撮った男・写真展|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年10月01日号)

2020/07/05(日)(飯沢耕太郎)

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松本徳彦写真展「世界の舞台芸術家 1955〜86年」

会期:2020/07/03~2020/07/09

ギャラリー・アートグラフ[東京都]

舞台写真は、とてもむずかしい写真のジャンルだと思う。写真家は舞台に上がって撮影することはできないので、カメラの位置やアングルを定めるのがむずかしい。照明も条件がいいとはいえないので、早い動きだとブレてしまう。役者やダンサーたちの表情や身ぶりも、ともすれば型にはまったものになりがちだ。松本徳彦は、そんな舞台写真を60年以上も撮り続けてきた。今回の東京・銀座のギャラリー・アートグラフの展示には、日本大学芸術学部写真学科の学生だった1955年に撮影したアレクサンドラ・ダニロワの『白鳥の湖』から、1980年代に至る(1枚だけ1995年撮影のものがある)代表作40点が出品されていた。

すべて、モノクロームの銀塩フィルムで撮影されているのだが、そのプリントが何とも味わい深い。今回の写真展は急に決まったので、プリントは2000年に銀座ニコンサロンで開催した個展のときに焼いたものだという。フィルムの感度はASA100〜200程度だそうだから、ピントをきちんと合わせるだけでも至難の技だろう。だが、白黒のコントラストをつけながら、柔らかみのあるトーンで仕上げたプリントを見ていると、デジタル写真のフラットな調子がひどく単調なものに思えてくる。プリントの仕上げの素晴らしさだけでなく、厳しい撮影条件のなかで舞台上のパフォーマンスに集中している、その緊張感が伝わってきた。

松本の舞台写真は、日本で上演された「世界の舞台芸術家」たちの公演の貴重な記録でもある。多くの劇団や舞踊団はすでに解散しているし、松本が撮影してきたマルセル・マルソー、モーリス・ベジャール、マーサ・グラハムといった巨星もいまはいない。これらの写真群は、ぜひ写真集やポートフォリオの形でまとめておいていただきたい。

2020/07/07(火)(飯沢耕太郎)

作品のない展示室

会期:2020/07/04~2020/08/27

世田谷美術館[東京都]

最近は足が遠ざかっているとはいえ何十回も通った世田美だが、空っぽの展示室を見るのは初めて。コロナ禍でスケジュールに穴の開いた美術館の苦肉の策か、ただの開き直りか、作品を置かない展示空間だけを公開したのだ。これを「Days Without Art」なんてするとプロテスト感が出るのだが、ここは政治性を排してあっけらかんと「作品のない展示室」。入館するとさっそく検温だが、ほかのところもそうだけど、ピストル型の体温計を頭に向けるのはやめてほしい。わかってるけど、せめて腕にしてもらえないかなあ。でも入場無料だから許してやる。

まず、長い通路を渡って扇形の部屋に出る。企画展のときはたいてい隠されているけど、正面に大きな窓が4つ開いて、緑豊かな砧公園が見渡せる。奥に赤茶色の屋根、右手すぐ手前に太い樹木。けっこうな借景でございます。設計者の内井昭蔵は「生活空間」「オープンシステム」「公園美術館」という、美術館としてはいささかジレンマに富んだコンセプトを掲げ、ほとんど使われないことを承知で窓を多く設置した。そのことがわかるのが次の大きなギャラリーで、左側の壁面にはズラッと窓が並んでいるではないか。展覧会のときは窓にも床にも仮設壁が立てられ、迂回しながら次の部屋に進んでいくだけなので、窓があること自体まったく気づかなかった。こうして見るとまるで体育館みたい。



[筆者撮影]



[筆者撮影]


次の部屋は明かりを落とし、過去の展覧会のポスターを投影している。その左側の壁が開いていて、レストランへの通路を隔てて大きな扉が見えるが、そこが作品の搬入口だそうだ。その部屋の右隣に小部屋があり、確かその奥に窓があったはずなのに、いまは壁になっている。ここに窓は必要ないと塞がれてしまったんだろうか。最後の部屋では、これまで館内で行なわれたパフォーマンスなどの記録映像を壁に映している。そのため部屋が暗かったこともあり、どんな空間だったか記憶にない。ほかの展示室は空間特性が際立って見えたのに、ここだけ映像作品が展示されたため、空間特性が消えてしまっていた。なるほど美術館建築というのは、少なくとも室内空間は、作品を映えさせるために空間自体が目立つことを極力抑えなければならないのだ。という当たり前のことを再認識させてくれた。


それなりに空間を味わいつつ、美術館建築についても思いをめぐらせつつ進んできたつもりだが、まだ20分もたってない。やっぱり展覧会と違って、作品がないとあっという間だなあ(笑)。

2020/07/08(水)(村田真)

気になる、こんどの収蔵品―作品がつれてきた物語

会期:2020/07/04~2020/08/27

世田谷美術館[東京都]

2階では近年コレクションに加えられた作品を、エピソードを交えて紹介している。点数は122点と多いが、大半は版画や水彩などのペーパーワークで、油絵も小品が中心。そんななかでも目に止まった作品が何点かあった。宮本三郎の「国立競技場モザイク壁画《より速く》下絵」は、1964年の東京オリンピックの前に描かれたもの。チラシにも使われるだけあってさすがにうまい。戦争画からヌード、公共デザインまでなんでもござれだ。『暮しの手帖』を創刊した花森安治は書画も達筆で、味わい深い。第2次大戦末期、日本に帰らずフランスの収容所に入れられたという末松正樹のドローイングも貴重だ。

でもいちばん惹かれたのは、花澤徳衛という人の4点の油絵。ぜんぜん知らなかったが、岡本太郎と同じ1911年生まれで、家具職人からスタートし、斎藤与里に油絵を習ったと思ったら、なぜか東宝専属の映画俳優に転身。戦後はフリーの俳優となり、2001年に没という破天荒な経歴の持ち主だ。その絵は一見稚拙に見えながらも、油絵の基礎を身につけているため鑑賞に堪える、というだけでなく、かなりユニーク。出品された4点はいずれも80歳前後の作品だが、そのポップなデフォルメは同世代にも同時代にも例を見ない。この4点だけだろうか、もっとあったらまとめて見たい。

2020/07/08(水)(村田真)

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2020年08月01日号の
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