artscapeレビュー

2020年08月01日号のレビュー/プレビュー

ドレス・コード?─着る人たちのゲーム

会期:2020/07/04~2020/08/30

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

もう十数年前になるが、当時、ライブドア代表取締役社長だったホリエモンこと堀江貴文が世間を騒がせ始めた頃、我々は何か得体の知れない違和感を彼に抱いた。それはあれほど日本の経済界を引っかき回し、時の人となったにもかかわらず、彼がつねにTシャツ姿だったからである。ビジネスの場ではスーツを着るものという常識、つまりドレス・コードが覆されたのだ。

本展を観て、ふと、そんなことを思い出した。服を選び、着るという行為を社会学的な視点でとらえた本展は、なかなか興味深い内容だった。スーツや学生服といった身分や属性を表わす服、従来の用途から離れてファッションアイテムとなった労働着や軍服、ファッションブランドによる挑戦的な問いかけ、映画や演劇、漫画などの創作物における服とキャラクターについて、森村泰昌や石内都、都築響一らの現代美術作品や写真など、テーマが実に幅広い。服とは、何よりも人間と社会とをつなぐ重要な媒介であるということを思い知らされた。

「ドレス・コード?—着る人たちのゲーム」展示風景[撮影:畠山直哉]

特に私の目を引いたのは、オランダ人写真家のハンス・エイケルブームによる大量のストリートスナップ「フォト・ノート 1992-2019」だ。ピンクのダウンジャケットを羽織った女性、デニムジャケットとジーンズ姿の男性、ザ・ローリング・ストーンズのTシャツを着た男性、同じショッピングバッグを持った女性など、ある特定のアイテムを身につけた人々をカテゴライズして集めた写真群で、こうして分析され示されると、世の中にはこんなにも似た格好の人々がいるのかと愕然とした。私も街行くなかで、気づかぬうちに何かにカテゴライズされたとしてもおかしくないのかもしれない。

ハンス・エイケルブーム《フォト・ノート 1992–2019》1992–2019 ©Hans Eijkelboom

また都築響一による一連の写真「ニッポンの洋服」も圧巻だった。「北九州市成人式」「極道ジャージ」「ジュリアナ・クイーン」「異色肌ギャル」など、ギョッとするほどディープな世界を独特の視点で切り抜く。エイケルブームの写真はどこにでもある風景だとすると、都築の写真はある特定の場所や場面に行かなければ見られない人々の姿である。彼らは自らの趣味嗜好を服装によって強く主張する。そう、服は自己を確認するアイデンティティーでもあるのだ。

「ドレス・コード?—着る人たちのゲーム」展示風景[撮影:畠山直哉]


公式サイト:https://www.operacity.jp/ag/exh232/
※来館には日時指定の予約が必要です。

2020/07/18(土)(杉江あこ)

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東京ミッドタウン・デザインハブ第86回企画展「日本のグラフィックデザイン2020」

会期:2020/07/10~2020/08/31

東京ミッドタウン・デザインハブ[東京都]

本展は、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)の年鑑『Graphic Design in Japan 2020』の刊行記念として開催された展覧会だ。掲載作品のなかから選ばれた約300点の実物が登場する。ポスター、書籍、パッケージ、雑貨、新聞広告、映像など、グラフィックデザイナーならびにアートディレクターの仕事の領域の幅広さを知ることができる。一覧すると、これがいまの日本のグラフィックデザインの最前線だということがわかるし、やはり全体的に洗練された印象を受けた。注目すべきは、亀倉雄策賞、JAGDA賞、JAGDA新人賞にそれぞれ選ばれた作品だが、亀倉雄策賞については別レビューの第22回亀倉雄策賞受賞記念展「菊地敦己 2020」で述べたので、ここではカテゴリー【環境・空間】でJAGDA賞に選ばれた三澤遥の「興福寺中金堂落慶法要散華 まわり花」について述べたい。

プレスリリースに掲載された第22回亀倉雄策賞選考経緯を読むと、実は最終候補に菊地と三澤の2作品が残ったことが書かれている。三澤の「興福寺中金堂落慶法要散華 まわり花」は、選考委員の間で菊地の作品と同様に注目度の高い作品だったのだ。以前にも私はこの作品をいくつかの展覧会で見てきて、非常に巧妙なデザインだと感心した覚えがある。奈良県の興福寺中金堂では、法要を執り行なう際、諸仏を供養するために屋根の上から蓮の花をまく「散華」という風習があるという。元々、生花が使われていたが、近年は蓮の花びらをかたどった色紙が代わりに使われるようになっていた。三澤は色紙をさらに進化させ、回転から生まれる残像を生かした「まわり花」を考案。それは細長い紙片を折り畳んで三角形の枠にしたようなシンプルな形態だが、空中を舞う間にくるくると回転し、本物の花のような立体感を持つ。二次元から三次元へと紙の可能性を広げ、またグラフィックデザインの領域さえも広げた作品である。これこそ問題解決のためのデザインと言えるだろう。

また、本展でほかに面白く観覧したのは新聞広告である。全体的に行儀の良さを感じるなかで、新聞広告だけはコピーの力もあってメッセージ性が強く、強烈な印象を残した。次年度の年鑑にはどんなデザインが出そろうのか、引き続き注目していきたい。

展示風景 東京ミッドタウン・デザインハブ

展示風景 東京ミッドタウン・デザインハブ


公式サイト:https://designhub.jp/exhibitions/6072/

2020/07/18(土)(杉江あこ)

福井県年縞博物館、若狭三方縄文博物館

[福井県]

法事で福井に足を運び、以前から見学したかった内藤廣の《年縞博物館》(2018)に立ち寄ることにした。途中の乗り換えでは、電車の本数が少なかったため、思いがけず、敦賀の豊かな建築文化を堪能することにもなった。街の新しい顔となる千葉学による敦賀駅の交流施設《オルパーク》(2014)と《敦賀駅前広場》(2015)のほか、巨大なジオラマを展示する《赤レンガ倉庫》(1905)、昔の姿が再現された《鉄道資料館》、古典主義を逸脱するユニークな細部をもつ《敦賀市立博物館/旧大和田銀行本店》(1905)などを体験した。また松本零士の『銀河鉄道999』をモチーフとした彫刻群も、印象に残った。


交流施設オルパークから駅前広場を見る



《敦賀市立博物館》


さて、敦賀駅からJR小浜線で約30分。三方駅からタクシーに乗って5分ほどでようやく縄文ロマンパークにある目的地の《年縞博物館》に到着する。これは非の打ち所がない名建築だった。積雪、増水、年縞という特殊な展示物、木を使ってほしいという地域の要望、構造と意匠のバランス、異なる素材の組み合わせなどを考慮しながら、合理的な手続きを経た設計プロセスの結果、素直に導かれた、ここにしかない洗練されたデザインである。箱としての建築デザインだけでなく、展示デザインに加え、川と湖に隣接する景観を生かしたランドスケープ的な外構も秀逸である。とりわけ奇蹟的に成立した自然の環境から7万年かけて湖底に蓄積された年縞を展示する細長い2階の展示室は、展示の内容と空間が見事に一致している。また水辺への眺望や、端部に配されたカフェも素晴らしい。これまでも島根、三重、富山、宮崎など、地方の建築において、内藤はその力量をいかんなく発揮してきた。



《年縞博物館》の外観



《年縞博物館》2階の展示室



《年縞博物館》の端部にあるカフェ


《年縞博物館》の向かいには、横内敏人が設計した大胆な造形の《若狭三方縄文博物館》(2000)がたつ。巨木の森をイメージしたコンクリートの円筒が緑の丘から飛びだす、インパクトのあるポストモダン的な外観をもつ。いったん、登ってから館内に入り、それから降りて、展示をめぐるという構成だ。なお、細部のデザインに注目すると、《ロンシャンの礼拝堂》や《ラ・トゥーレット修道院》など、後期のル・コルビュジエを彷彿とさせるのが興味深い。つまり、縄文とル・コルビュジエの出会いである。


《若狭三方縄文博物館》の外観



《若狭三方縄文博物館》の内部

福井県年縞博物館 公式サイト:http://varve-museum.pref.fukui.lg.jp/

若狭三方縄文博物館 公式サイト:https://www.town.fukui-wakasa.lg.jp/jomon/

2020/07/18(土)(五十嵐太郎)

第22回亀倉雄策賞受賞記念展「菊地敦己 2020」

会期:2020/07/20~2020/09/02

クリエイションギャラリーG8[東京都]

日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会員が年鑑に出品した作品のなかから、もっとも優れた作品とその制作者を表彰する第22回亀倉雄策賞が、菊地敦己のブックデザイン『野蛮と洗練 加守田章二の陶芸』に決定した。本展はその記念展である。

私は『野蛮と洗練 加守田章二の陶芸』を見たとき、最近制作された書籍とは思えないほど、長い時を経て生まれる風格のようなものを感じた。よくある「昔の作品なのにモダン」という印象に近い。タイトルもインパクトがある。この書籍は、菊池寛実記念 智美術館で開催された陶芸家、加守田章二の作品展の図録だ。「20世紀後半に活躍し、50歳を目前に夭折した現代陶芸作家の、短くも濃い作陶人生の変遷がおさめられた図録」という解説にも頷けた。最近では珍しい箱付きの装丁で、まず箱のデザインに独特の風合いがある。モノクロームのなか、タイポグラフィーを中心とした落ち着いたレイアウトで、表面に貼られた紙はまるで長い時のなかで黄ばんだようにも見える。そして書籍の表紙は落ち着いたモノクロームから一転して、緑、赤、白の3色を使った躍動的な波模様である。これは日本の伝統文様をも思わせる。箱のデザインが静としたら、表紙のデザインは動だ。まさに「洗練」と「野蛮」を表現しているのだろう。しかし野蛮と言っても、十分に品が備わっているのだが。

展示風景 クリエイションギャラリーG8[Photo: 鈴木陽介]

菊地敦己のこれまでの仕事を本展で一覧し、何というか、ある種の手触り感が印象に残った。雑誌『旬がまるごと』や『日経回廊』の表紙デザイン、詩集『さくら さくらん』などの装丁を見てもそうだし、ファッションブランド「ミナ ペルホネン」や「サリー・スコット」のアートディレクション、「亀の子スポンジ」のパッケージデザインなどを見てもそうだ。語弊があるかもしれないが、貼り絵や切り絵のような温かみやざらつきを感じるのだ。『野蛮と洗練 加守田章二の陶芸』についてもやはり同様である。その点が、菊地敦己のデザインに心ならず惹かれる要因なのかもしれない。

展示風景 クリエイションギャラリーG8[Photo: 鈴木陽介]

展示風景 クリエイションギャラリーG8[Photo: 鈴木陽介]


公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/202004/202004.html
※来場前に登録が必要です。

2020/07/21(火)(杉江あこ)

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開校100年 きたれ、バウハウス —造形教育の基礎—

会期:2020/07/17~2020/09/06

東京ステーションギャラリー[東京都]

「バウハウス開校100年」を受けて、昨年(2019)8月〜9月の新潟市美術館を皮切りに、西宮市大谷記念美術館、高松市美術館、静岡県立美術館で開催された「開校100年 きたれ、バウハウス —造形教育の基礎—」展が、ようやく東京に巡回してきた。楽しみにしていた展覧会だったので、コロナ禍にもかかわらず、公開することができたのはとてもよかったと思う。

1919年にドイツ・ヴァイマールに開校し、25年にデッサウに移転、32年にはナチスの台頭でベルリンに移転を余儀なくされ、33年に閉鎖に追い込まれたバウハウスの活動期間は、わずか14年だった。にもかかわらず、そこで生み出された作品、製品のクオリティが驚くべき高さに達していたことは、今回の展示からもまざまざと伝わってきた。建築を中心とした総合デザイン教育の実践の場だったバウハウスには、家具、金属、陶器、織物、壁画、彫刻、印刷・広告、版画、舞台、写真などさまざまな工房が設置されていたが、その基調となるのは、事象を単純な要素に分解・還元し、合理的、合目的な美意識に沿って再構築していく、「モダニズム」的な造形原理である。だがそれが教条主義的に痩せ細っていくのではなく、むしろ創造力を活性化する方向に豊かに伸び広がっていったところに、バウハウスの特異性があらわれている。ヴァルター・グロピウス、ヨハネス・イッテン、ラースロー・モホイ=ナジ、ヴァシリー・カンディンスキー、パウル・クレー、オスカー・シュレンマーといった個性的なマイスターたちが、互いに競い合うようにその才能を教育活動に注ぎ込むことで、奇跡のような創造空間が出現したということだ。

会場のスペースの関係で、評者の専門分野である写真作品の展示点数が、大幅に減らされていたのは残念だった。だが、モホイ=ナジや日本人学生の山脇巌の素晴らしい仕事だけでなく、写真がさまざまな分野において、視覚的なメッセージを定着し、伝達するための接着剤のような役目を果たしていたことがよくわかった。バウハウスにおいては、むしろ作品よりも資料としての写真のほうが重要な意味を持っていたのかもしれない。

関連レビュー

開校100年 きたれ、バウハウス ─造形教育の基礎─|杉江あこ:artscapeレビュー(2020年08月01日号)

バウハウス──101年目を迎えた造形教育のトランスミッション|暮沢剛巳:フォーカス(2020年07月15日号)

バウハウスへの眼差し EXPERIMENTS|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年11月01日号)

2020/07/21(火)(飯沢耕太郎)

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2020年08月01日号の
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