2019年11月15日号
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artscapeレビュー

祝いのカタチ

2011年05月01日号

会期:2011/03/04~2011/03/29

見本帖本店[東京都]

日本パッケージデザイン協会の創立50周年を記念した展覧会。102人のデザイナーたちが、それぞれ1点ずつ、「祝い」をテーマとしたオリジナルの作品を制作。誕生、進学、結婚等々、デザイナーたちが作品に設定した「祝い」の場は多様。結果的にデザインされたカタチもさまざまだ。汎用的な包みもあれば、特定の祝いの場のための品もある。伝統的なハレの場ばかりではなく、365日すべてを祝いの日に変えてしまおうという提案も。吉田雄貴氏の「包んでようやく感じる輪郭」は、見えない箱を包むガラスのリボン。「お祝いの気持ちをかたちづくろうと、具体的なモノを極力無くしていったら包むという行為だけ残りました」というコメントに、祝うという行為の本質はなんなのかを考えさせられた。
いずれも驚きやユーモアが込められたステキな提案ばかりだったのだが、私にとって「祝い」のイメージに直結するのは、やはり紅白の色の組み合わせ、水引や熨斗のかたちになってしまう。じっさいそのイメージは、協会の50周年シンボル、特設ウェブサイト、展覧会の案内ハガキ、作品集の表紙にも現われている。
では、このような「祝い」のイメージが古くからの日本の伝統なのかといえば、そうとも言えないらしい。作品集『祝いのカタチ』(六曜社、2010)の巻頭に寄せられた民俗学者の神崎宣武氏の解説によれば、上層階級におけるしきたりはさておき、たとえば「赤白」をめでたい色調として広く日本人が共有するようになったのは、近世以降のこと。そして「今日に伝わる祝儀や不祝儀にまつわる『形式文化』の醸成は江戸時代にある、とみてよいのだ」という。さらに、そのイメージが一般に強化されるのは、明治時代、日章旗の制定とともにあると神崎氏はいう。となれば、私たちが共有している「祝事」のイメージはせいぜい100年余の歴史しかもたないともいえる。「祝い」が伝統的な場に限られなくなってきた現代、これからの100年のうちに私たちが共有する「祝いのカタチ」もその姿を変えていくのであろうか。[新川徳彦]

2011/03/25(金)(SYNK)

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