artscapeレビュー
大倉摩矢子『Mr.』
2011年05月01日号
会期:2011/04/07
中野テルプシコール[東京都]
大倉摩矢子の上演は、舞台奥からゆっくりと前に向かって大倉一人が歩いてくるといったミニマルな構成に特徴がある。気がつけばわずかとはいえポーズが変わっていたことにはっとさせられる彼女のスローモーションは「遅い」がゆえに「速い」。「遅い」ことで見る者の時間感覚が静かに混乱させられてしまう。あっという間に15分、20分が過ぎている。そうした彼女の魅力は本作でも発揮され、みだされる時間感覚を堪能した。実際に身体が行うスローモーションは、映像のそれとは異なり、均一に滑らかに遅いわけではない。不均一で滑らかではないからこそ、大倉の「ゆっくり」はスリリングであるわけで、映像の「ゆっくり」をモデルにする必要などない。いや、映像の「ゆっくり」に還元できない舞踏独特の身体性、時間性が提示されているからこそ、大倉の上演には価値があるのだ。だからこそ、音響の切り替わりで上演の構造をつくってしまっては、もったいない。中盤、街中の環境音からブルースに切り替わると、大倉の所作は音楽に動機づけられた動きを増幅させてゆくのだけれど、そうなったとたんに、踊る大倉の心情に見る者のフォーカスが移り、集中が途切れてしまった。終盤に、無音で再びゆっくり歩くと遅いがゆえの速さが戻った。やはりこれがいいと思わされる。
2011/04/17(日)(木村覚)