artscapeレビュー

Design──江戸デザインの“巧・妙”

2012年11月01日号

会期:2012/10/06~2012/11/25

伊勢半本店 紅ミュージアム[東京都]

江戸時代後期、文政8(1825)年に紅屋として創業した伊勢半の企業博物館である紅ミュージアムでは、毎年1回その歴史にちなんだ展覧会を開催している。今回のテーマは、伊勢半が創業した江戸後期の庶民文化をデザインという視点から紹介する。展示は4つのパートに分かれている。第1は「メディア化されたデザイン」。木版印刷技術の向上は、錦絵や黄表紙などの新たなメディアを支えたばかりではなく、雛形本や絵手本など、職人たちがものづくりの際に参考にする見本帖(パターンブック)を生む。職人たちは古絵古物の意匠を写したこれらの書籍の意匠を写したり、新たな文様を生み出していった。第2は「装いのデザイン」。ここでは型染の型紙や、職人たちの装いが紹介される。第3は「技巧・見巧(みごう)のプロダクトデザイン」。煙草入れ、紙入れといった袋物の細部に現われた職人の技を見せる。第4は「江戸趣味全開 グラフィックデザイン」は、「千社札」の世界である。もともと神社仏閣にお参りした際に貼る千社札であるが、その様式を借りて仲間同士での交換を楽しむ「交換納札」が生まれる。愛好者の集まりは「連」と呼ばれ、互いに札の趣向を競い合ったという。千社札の規格は、14.4cm×4.8cm。本来は自分の名前と家紋が刷られていたものが、次第に意匠や色彩が多様化する。規格のサイズはそのままに、2枚分4枚分と連続したデザインの千社札も現われる。最大では16枚分の枠を使用した千社札もあったという。こうした時代の文化を貫くのは、「洒落」「粋」の精神である。表面的な奢侈が禁じられ絢爛豪華な装飾が抑制されるなかで、型染の文様や袋物の細工、あるいは金具の彫刻など、職人の技巧は細部へと向かう。幕府の出版統制下にあった錦絵に対して、その規格さえ守れば自由な表現が可能であった千社札は、発注者、絵師、書家、彫師、刷師らの協業による総合芸術作品でもあった。意匠の選択には雛形本などが用いられつつも、制作者の創意は多様な表現を生み出した。さまざまな制約、不自由は、他方で新たな技巧と表現の源泉であり、それが「洒落」や「粋」という感覚を生み出していったことに気づかされる。[新川徳彦]

2012/10/25(木)(SYNK)

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