2021年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

青年団+大阪大学ロボット演劇プロジェクト:アンドロイド版『三人姉妹』

2012年11月01日号

会期:2012/10/20~2012/11/04

吉祥寺シアター[東京都]

舞台は天才と称されたロボット研究者・深沢のリビング・ルーム。逝去して3年が経ち、父の遺言で海の見える墓地に墓を移すことにした家族。買い物はロボットが行なうので「ショッピングの楽しみ」なるものが機能しなくなった未来では、デパートはすでに過去のもの、ショッピングモールさえ意味を喪失しつつある。この家庭には、深沢が製作したロボット一台と深沢の娘を代理するアンドロイド一台が暮らしている。物語は、これら父の製作した二台の機械と父が母と産み育てた3人の娘と1人息子を中心に進んで行く。シンガポールへ赴任が決まった深沢の弟子・中野の送別会をひらくために集うひとたち、彼らをもてなす料理は買い物も含めロボットが行なう。優れたロボットとは対照的に、父の子たちは、1人は引きこもりに、1人は研究者になることを断念、1人は中年になって結婚せず、1人は夫の不倫で離婚を考えており、端的に言えばみな父の失敗作だ。ときにその失敗は父のせいとみなされる。これはゆえに、ギリシア神話に登場する王ピュグマリオンをめぐる物語である。しかもこの内容は、実際にロボットとアンドロイドを舞台に登場させ人間の役者と演劇を行なわせるといったこの芝居の形式とパラレルであり、観客は自ずと、目の前のロボットやアンドロイドと人間の役者たちの存在のあり方、両者の違いへと思いを傾けさせられることになる。すると、当たり前だが、役者が生体であることをつくづく感じさせられるのだ。役者はロボットやアンドロイドと同様、台本というプログラム通りに作動することが求められる。ただし、役者はただプログラムをアップロードすればよいわけではなく、ある生の状態(非演技の状態)を別の生の状態(演技の状態)へと変容させなければならない。この変容に際して生じる役者の緊張や失策や危機の切り抜けが演劇を見るということの醍醐味なのだ、なんて当然のことに思い至る。この「変容」までも機械が手にするときは来るのかもしれない。そのとき機械は機械独自の「生」を手にすることだろう。ただしそれまでは、生身の役者を私たちの目は求めることだろう。

平田オリザ×想田和弘 アンドロイド版『三人姉妹』10/21アフタートーク

2012/10/27(土)(木村覚)

2012年11月01日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ