artscapeレビュー

2012年06月01日号のレビュー/プレビュー

増田セバスチャンが見つけた「もうひとつの内藤ルネ」展──Roots of “カワイイ”

会期:2012/05/17~2012/06/04

PARCO MUSEUM[東京都]

現代日本の「カワイイ」カルチャーの第一人者とされる増田セバスチャンがセレクトする内藤ルネ(1932-2007)の世界。ここには『ジュニアそれいゆ』などの少女雑誌で活躍していたころの作品や、「ルネパンダ」などのファンシー・グッズはほとんどない。焦点を当てられているのは、「カワイイ」という表現の背後にある精神性である。作品に年代が記されていないが、おそらく1960年代半ばから2000年代はじめにかけてのものだろうか。4つのコンセプト──「アヴァンギャルド」「フェアリーテール」「ファッショナブル」「セクシャリティ」──で分けられた部屋に飾られた作品は、ただ目が大きく、お洒落で明るいキャラクターではない。ただ小さく、守りたくなるような愛らしさでもない。少女や少年の瞳はときに愁いをたたえ、ときに強い意志の存在を表わす。少女雑誌の付録やファンシー・グッズで人気を博したルネを陽とすれば、ここに選ばれたルネの作品は陰といえるかもしれない。増田セバスチャンのセレクションは、ルネが生み出した「カワイイ」には、このようなふたつの側面が存在していたことを指摘する。だから「もうひとつの内藤ルネ」なのだ。[新川徳彦]

2012/05/17(木)(SYNK)

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イケミチコ個展─神経の再生

会期:2012/05/17~2012/05/27

LADSギャラリー[大阪府]

会場に入ってまず目につくのは、巨大な機械型の立体作品だ。作品名は《神経再生マシーン 希望号》。ワイングラスにメッセージを書き込み、ベルトコンベアーに載せてモーターを作動させると、2メートル近い高さまで運ばれたワイングラスが落下して粉々に砕け散る。この「破片」は彼女の他の作品にも共通する要素で、本作の周囲には砕けたガラス片を用いたミクストメディア作品が並んでいる。また、奥の部屋には、人間の下半身に目が付いた雌雄両性の存在《未来人間》を描いた絵画とオブジェも。なんだかもう、笑ってしまうぐらいにパワフル&ポジティブ。ご高齢のベテラン作家とは思えぬ振り切れぶりに、こちらも元気をチャージさせてもらった。同時に、彼女は会場が大きいほど本領を発揮する作家であることを確信した。

2012/05/18(金)(小吹隆文)

トラジャル・ハレル『Twenty Looks or Paris is Burning at The Judson Church(XS)』

会期:2012/05/19

森下スタジオ[東京都]

ニューヨークのダウンタウンを中心に活動するトラジャル・ハレルが本作で試みているのは、1960年代のニューヨークでともに活動し、しかし交流することのなかった2つのダンス、ひとつはダウンタウンの「ジャドソン・ダンス・シアター」、ひとつはアップタウンの「ヴォーギング」、これらを舞台上で出会わせてみるというものだ。白人のハイ・アートと黒人中心のクラブ・カルチャーのあり得なかった邂逅をコンセプトにするということも面白いが、XSからXLまでの5種類のヴァリエーションが本作にはあって、しかもタイトルの最後に「(XS)」とあるようにそれを衣服のサイズで表現しているのはとてもユニークだ。ヴォーギングがファッション雑誌『ヴォーグ』の表紙のポーズを真似ることから発展したダンスであるからという点だけではなく、そもそもファッションという第三の要素がハレルの興味のなかに含まれている証拠だろう。最初に、コンセプトを伝える資料が配られ、本人の口頭での作品説明のあと、資料をじっくり読むよう観客に伝えると、ハレルはいったん退場し、一度目は着物姿、二度目はカラフルなエプロン姿で現われ、家庭用の照明スタンドを舞台のあちこちに配置する。やや長いこうした準備の後で、ハレルは虎模様のスエット姿で登場する。照明が暗くよく見えない。舞台に置いたiPhoneからゆったりした音楽が流れると、ハレルはゆっくりと腰をくねらせるような踊りをみせた。暗くてよくわからないのは、恐らく戦略的な仕掛けであり、単にジャドソン系でも、ヴォーギングでもない、どちらかといえば腰のくねりや腕の曲がり方からゲイ的な身体動作の印象が強く残る。少し踊っては上着を一枚ずつ脱いでいくのだが、シャツの変化よりも、脱いで仕切り直したことだけが意味を持つ。準備の場面やシャツの着替えのように多数のフレームを設定し、多様な要素を示唆しながら、ひとつの理解に固定される事態をするするとかわし続ける。最初の作品説明の際、両手でTのジェスチャーをしたら終わりの合図だと言ったとおりに、ハレルがそのポーズを不意にすると真っ暗になり、終演した。そのときの尻切れトンボ感も「かわし」のひとつに思われた。

2012/05/19(土)(木村覚)

東京ELECTROCK STAIRS『最後にあう、ブルー』

会期:2012/05/10~2012/05/20

こまばアゴラ劇場[東京都]

ヒップホップのテクニックが体に染みこんだKENTARO!!主宰のダンスグループ、東京ELECTROCK STAIRSによる新作公演。いわゆる「日本のコンテンポラリーダンス」のなかでヒップホップをベースした作品というのはかなり異質。バレエ、モダンダンス、ポスト・モダンダンス、舞踏などを基礎にしつつも、たいていのダンス作家たちは独自のダンス言語を構築しようとし、観客は振付に織りこまれたその「言葉」を読みとろうとする。これに対してKENTARO!!が会話に用いるのはヒップホップというポップな言語。前者が砂から塑像をつくることに似ているとするなら、後者、つまりKENTARO!!の場合、同じことをレゴブロックで行なっているようなところがある。それぞれのパーツは、見なれた、一定のグルーヴ感をもったもので、それ自体に個性がない代わりにわかりやすい。時折、コミカルなジェスチャーや言葉が差し込まれつつ、それらが組み合わされると、「等身大の若者の肖像」がほのかに浮かび上がってくる。かわいくて、元気で、がんばっている若者だなと思う。とくにAokidのすべり続けるギャグやかっこよさとなさけなさとのあいだで固まったポーズなんてたぐいは、無邪気にいえば好きだ。けれど、そこで「人間」とか「社会」とか「歴史」が描かれることはない。一時間強の上演のあいだ、ダンスの振り、しぐさ、ポーズ、おしゃべりは観客を「くすぐり」続けるも、それらの身振りがひとつの物語あるいはメッセージへとつながることはない。「ひとつの物語あるいはメッセージ」なんてないから、観客は希望の「くすぐり」を選んで自由にくすぐられていればいい。その点、本作はとても現代的な作品構造をもっている。青春の肖像の周りに集うこのコミュニケーションが生み出すのは、外部のない、だから傷つくことのないよう構築された世界に見えた。

東京ELECTROCK STAIRS「最後にあう、ブルー」PV
2012年5月10日(木)~20日(日)@東京 こまばアゴラ劇場
2012年6月1日(金)~2日(土)@韓国
2012年6月22日(金)~24日(日)@京都 京都芸術センター(講堂)

2012/05/20(日)(木村覚)

國府理 展「水中エンジン」

会期:2012/05/22~2012/06/03

アートスペース虹[京都府]

画廊の展示室は巨大な白い水槽で占拠されていた。水槽には鎖で吊られ、多数のパイプやコードが接続された自動車のエンジンが沈められている。始動させると、くぐもった音を発しながら生き物のように蠢くエンジン。その姿は捉えられた未知の生物のようだ。また、福島第一原発の現状を暗喩していることは誰の眼にも明らかであろう。エンジンを水中に沈めるという荒業ゆえ、会期前半にはトラブルが頻発したが、後半には見事に持ち直して本来の姿を観客に見せることができた。昨年来、多くの美術家が原発事故にコミットした作品を発表してきたが、本作は私が見たなかでは最良の表現物である。

2012/05/24(火)(小吹隆文)

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