artscapeレビュー

2012年09月01日号のレビュー/プレビュー

Century of the Child: Growing by Design, 1900-2000

会期:2012/06/29~2012/11/05

ニューヨーク近代美術館(MoMA)[ニューヨーク]

「子どものための20世紀デザインに関するMoMAによる野心的な調査の大規模展示」との宣伝文句が目につく。中身を見てみると、20世紀初めから現在までの、子どもを題材にまたは対象にした絵画やポスター、絵本や玩具、家具、日常用品、ゲーム機に至るまで、あらゆるものが展示されていた。確かに20世紀以後は子どもを完成されたひとつの人格として尊重するようになり、子どものためのデザインも著しく発展してきた。バウハウスの家具など、芸術作品さながらの、独創的なデザインをみるのは楽しかったが、全体的には統一性や文脈がなく、少しテーマを絞っていればより見やすく楽しめる展示になったのではないかと思った。野心的になり過ぎたかもしれない。[金相美]


エントランス風景。筆者撮影

2012/08/13(月)(SYNK)

遊ぶ椅子・考える椅子・働く椅子

会期:2012/08/01~2012/08/19

ウラン堂 ギャラリー デ・カタチノ[兵庫県]

阪急甲陽線・苦楽園口駅近くに今秋開店予定の「オールド&ニューブックス ウラン堂」は、洒落たブティックやレストランが立ち並ぶ街並みで波型パネルのファサードがひときわモダンな香りを放っている。箱状の建物の扉をあけると、吹き抜けのスペースに大きな木のテーブルが置かれたカフェがあり、横にある階段を上った奥にはギャラリー・スペースがある。書店としての営業開始は9月以降とのことだが、6月からプレ・オープン企画としてさまざまな展覧会が開催されている。展示されるのは、ウラン堂のオーナー、リトウリンダ氏が応援するクリエイターたちの作品。グラフィック・デザイナー、アート・ディレクターとして活動するリトウ氏は、関西のクリエイターたちの出会いの場を提供したいとの思いから、書店でありカフェでありギャラリーでもあるこの「箱」を立ち上げた。
 今回紹介するのは、オープニング企画展Vol.3として開催された、関西の建築家、デザイナー、アーティストら7組による椅子の展示である。作家たちは各々、異なる経歴を持ち、年齢層も20代から60代までとじつに幅広い。展示された椅子はいずれも、各作家が心の襞のどこかに忍ばせておいた小さな願望のようなものがかたちになったかのようだ。
 西良顕行のハイバック・チェアは、フレームの一部がサルスベリの木へと変容し、枝のあいだには鳥の巣箱もある。座が宙づりとなった合板の肘掛椅子は、建築家の藤井学がマルセル・ブロイヤーの「ヴァシリー・チェア」の合板への翻案を試みたもの。どちらの発想も、「コンセプト」という大仰な言葉よりは、「ちょっとやってみたかったこと」という形容がしっくりくる。クリエイターというのは、この「ちょっとやってみたかったこと」の繰り返しのなかに己の思想やアプローチを見出すのだと思うが、なかなかそれを実践する機会は得られない。そういう意味では、今回は、作家たちの自由な心が引き出された稀有な機会といえるのでは。出品作家が各々、自薦本を1冊展示するという本展のユニークな試みもそれを後押ししたかもしれない。
 ゆったりと時間が流れるような空間では、訪れた客が注文したコーヒーを待ちつつ、階段を上って本や展示物を鑑賞する光景がみられた。今後、ウラン堂では、グラフィック・デザインを中心とした勉強会も実施される予定とのこと。阪神間の新しいクリエイティブ・スペースの誕生を祝いつつ、今後の活動にぜひ期待したい。[橋本啓子]


左=西良顕行(HANARE)の椅子
右=会場風景。各椅子の作家は左から、尾崎耕将(カランセ)、藤井学(GAK建築工房)、中原誠(Mark)、山中博貴(aizara)、松永啓二。中央の椅子は、森香一郎・中林昌美の共作

2012/08/15(水)(SYNK)

自然学|SHIZENGAKU─来るべき美学のために─

会期:2012/08/11~2012/09/23

滋賀県立近代美術館[滋賀県]

滋賀県の成安造形大学と英国のロンドン大学ゴールドスミスカレッジによる国際学術交流プロジェクトを母体に、成安造形大学と滋賀県立近代美術館の連携推進事業として実現した展覧会。21世紀の最も大きな課題のひとつである地球環境問題に対して、芸術という枠組みがいかなる可能性を示せるかをテーマにしている。本展では、そのために「自然美学」という新たな論理の構築を提唱しているのだが、それがいかなるものであるのか、展覧会を見終わっても判然としなかった。個々の作品は一定のクオリティを保っているものの、どれも既視感がある表現ばかりだったからだ。こうした提案型の企画では、解答を保留あるいは観客に委ねるケースがしばしば見受けられるが、本展もそのひとつであったことが残念だ。ただし、自然美学については当方の認識が足りないだけかもしれないので、知識を得る機会があれば積極的に耳を傾けたいと思っている。ちなみに出展作家は、石川亮、西久松吉雄、馬場晋作、宇野君平、岡田修二、ジョン・レヴァック・ドリヴァー、真下武久、木藤純子、Softpadの9組だった。

2012/08/15(水)(小吹隆文)

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ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳

会期:2012/08/04

銀座シネパトス[東京都]

今年で90歳の現役写真家、福島菊次郎のドキュメンタリー映画。いまも東日本大震災の被災地や脱原発デモを撮影している福島に密着しながら、複数回に及ぶインタビューによって福島のこれまでの仕事を振り返る構成だ。広島の被爆者の家庭に何度も何度も立ち入り、原爆症に苦しむ男を克明にとらえた写真にはじまり、三里塚、東大安田講堂、水俣、ウーマン・リブ、自衛隊基地や軍需産業の工場内、上関原発の建設をめぐって揺れている祝島など、福島がカメラとともに歩いてきた軌跡は、日本の戦後史の現場そのものだった。それらを一挙に目の当たりにできる意義は大きい。教科書的な歴史教育では到底望めない、生々しい歴史を知ることかできるからだ。だが、映画のなかの福島を見ていて心に深く焼きつけられるのは、彼独特の佇まいである。小さく薄い身体で柴犬と散歩をし、旧いワープロで原稿を書く福島の姿はたしかに90歳の老人だが、カメラを構えると身体の動きがとたんに機敏になり、集中した表情に一変する。警察官に語りかける口調も穏やかだが、その言葉の内側は断固とした態度で塗り固められているようだ。それは、福島の娘が率直に語っているように、端的に「かっこいい」のである。写真家ならではの佇まいが失われつつあるいま、もっとも見るべき映画である。

2012/08/15(水)(福住廉)

気狂いピエロの決闘

会期:2012/08/04~2012/08/24

ヒューマントラストシネマ渋谷[東京都]

まったくもって無茶苦茶な映画である。オープニングからラストシーンまで、文字どおり片時も眼を離すことができない。笑い、泣き、恐怖を感じる、人間の五感を強制的にフル稼働させるような映画だ。その暴力性がなんとも心地良い。
物語の骨格は、ひとりの女をめぐって、ピエロとクラウンが争うという、いたって単純なもの。だが、そこにスペイン内乱という歴史的文脈が接続されることで、物語の厚みが増し、しかしそれとはまったく関係なく、物語が奇想天外な方向に展開していくところがおもしろい。クストリッツァの「アンダーグラウンド」は、政治的な歴史と個人的な歴史を相互関係的に描いたが、アレックス・デ・ラ・イグレシアによる本作はそれらを相対的に自立したものとして描写した。いや、むしろ人間の悲喜劇を描写するために政治的な歴史を素材として扱ったというべきだろう。たくましい想像力によって物語を展開していく点は共通しているが、本作のほうがよりいっそう逸脱している。平たく言えば、狂っているのだ。
だが、この狂気こそ、現在のアートにもっとも欠落しているものではないか。正気の沙汰とは思えないほど現実社会が狂いつつある一方、非現実的な想像力を披露するはずのアートが、おしなべて大人しく落ち着き払っているからだ。この現状は、それこそ倒錯した狂気というべきかもしれないが、現実に追いつかれたアートは、さらにもう一歩前へ踏み出さなければ、アートたりえない。その一歩を記した本作は、近年稀に見る大傑作である。

2012/08/15(水)(福住廉)

2012年09月01日号の
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