2022年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

2013年10月15日号のレビュー/プレビュー

あいちトリエンナーレ2013 パフォーミングアーツ アルチュール・ノジシエル「L'IMAGE」

会期:2013/09/22~2013/09/23

愛知芸術劇場 小ホール[愛知県]

「L'IMAGE」を観劇した。最後まで句読点が一切ないベケットの同名短編テキストをもとに、アルチュール・ノジシエルが演出した日本初演の作品である。地を這う男による、ばらばらになった身体のごとき特殊な動き。あるいは、痙攣と震え。そして同じ場にいながら、異空間に存在するかのような朗読と音楽。本編よりも長いアフタートークが、作品の理解を深めた。実はダンサーのダミアン・ジャレは、3.11の当日、東京にいて震災に遭遇しており、その激しい揺れの体験が反映されているという。また舞台に敷きつめられた芝は、もともと本作が屋外用につくられたからで、大地と交わる震える身体の運動なのである。

2013/09/23(月)(五十嵐太郎)

高橋万里子「人形画」

会期:2013/09/24~2013/10/20

KULA PHOTO GALLERY[東京都]

2年半ぶりの個展だという。2011年3~4月、まさに東日本大震災が起こった時期に、高橋万里子はphotographers’ galleryとKULA PHOTO GALLERYで個展「Lonely Sweet/ Night Birds」を開催していた。スイーツの商品見本と鳥の剥製をややブレ気味にクローズアップで撮影した、いかにも高橋らしいミステリアスな雰囲気の作品だったのを覚えている。
今回展示された「人形画」は、それに比べるとかなり大きく変わってきている。被写体になっているのは、彼女の友人がフリーマケットで買い求めてきたというスイス製の民族人形。人形というテーマそのものは、高橋の写真にごく初期から登場してくるのでそれほど意外性はない。変わったのはその手法で、カラーコピーされた人形の写真の周囲はアクリル系の絵の具で黒く塗りつぶされ、顔の部分は色鉛筆で加色され、きのこのような形状の奇妙な帽子や衣服には、ファッション雑誌の一部を切り抜いてコラージュが施されている。しかもそれらの加筆、コラージュは一点だけでなく、ヴァリエーションとして増殖していく。高橋は東京造形大学造形学部デザイン学科でグラフィック・デザインを学んでおり、このような手法を用いるのは別に意外なことではない。だが、これまではあくまでも写真の味付けや装飾に留まっていたグラフィック的な要素が、今回のシリーズではより前面に押し出されてきている。
そのことを決して否定的に捉える必要はないだろう。1930年代の小石清、花和銀吾、平井輝七ら関西の前衛写真家たち、また1950年代に彗星のように登場して姿を消した岡上淑子らのフォト・コラージュ作品の系譜を、ぜひ受け継いでいってほしいものだ。

2013/09/24(火)(飯沢耕太郎)

日産アートアワード2013

会期:2013/09/18~2013/11/04

BankARTスタジオNYK[神奈川県]

日産自動車創立80周年を機に、今年から隔年で開かれるアワード展。5月末にヴェネツィアで開かれた第1次選考で8人のアーティストが候補に上がり、約3カ月かけて制作した作品がBankARTに展示されている。それをもとに5人の審査員がグランプリを決めるというシステムだ。審査員は南條史生、逢坂恵理子、ファン・ドゥ、ジャン・ド・ロワシー、ローレンス・リンダーで、アーティストは安部典子、小泉明郎、増山裕之、宮永愛子、西野達、篠田太郎、鈴木ヒラク、渡辺英司。グランプリに輝いたのは宮永愛子で、賞金500万円と名和晃平デザインのトロフィーが贈られた。めでたしめでたし。ではなくて、なんで海外から3人も審査員を招いているのに候補アーティストは日本人だけなのか、なんで「年齢を問わず」と書いてあるのに40代前後のアーティストばかりなのか、なんで名和は候補に選ばれずトロフィーをデザインする側に回ったのか、そもそも8人の候補者はどういう規準で選ばれたのか、絵画は最初から対象外だったのか、ナゾは深まるばかり。それより問題なのは、鳴り物入りのわりに全体的に作品がパッとしないことですね。

2013/09/25(水)(村田真)

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あいちトリエンナーレ2013 オープンアーキテクチャー 朗読劇「ベアトリーチェ・チェンチ」

会期:2013/09/27~2013/09/28

名古屋陶磁器会館[愛知県]

名古屋陶磁器会館のオープンアーキテクチャーと、田尾下哲らの演出による朗読劇「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」が開催された。まず1932年竣工の会館を見学し、輸出用の陶磁器産業が栄えていた歴史と、戦後に入ったデザイン事務所とリノベーションについて説明が行なわれる。続いて陶磁器会館の2階を使い、父殺しで処刑されたベアトリーチェを描いたとされる一枚の絵をめぐる朗読劇がスタートした。実はこの会場に決まるまで、ほかにさまざまな近代建築の候補を訪れ、検討し、ようやく決まったのだが、最初からこの場所のために制作されたと思えるほど、空間の相性がよい演出だった。朗読劇は、画家のグイド・レーニとある訪問者の会話(1615年)のシーンと、チェンチ家の事件が起きた1596~99年の回想シーンが交互に登場しながら、物語は進行していく。照明の効果だけで劇的に空間は変わるのが印象的である。特に奥の浅いアルコーブが光のたまり場として闇に浮かぶ。第一幕は強権的な父フランチェスコと娘ベアトリーチェのただならぬ関係を軸に展開するが、第二幕はむしろグイド・レーニと訪問者の会話による物語論であり、絵画論になっていく。振り返るポーズの「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」は、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」のもとになったと言われる絵だ。しかし、処刑前に描かれた女の目がなぜ絶望ではなく、光に満ちあふれているか。朗読劇を通じて、独自の解釈がなされる。空間を使い倒し、ジャンルを越境する、あいちトリエンナーレにふさわしい、近代建築を舞台にした絵画をめぐる朗読劇の初演だった。

2013/09/27(金)(五十嵐太郎)

牛腸茂雄「こども」

会期:2013/09/24~2013/10/14

MEM[東京都]

牛腸茂雄の没後30年記念企画の第二部として、「こども」展が開催された。白水社刊行の新編集写真集『こども』にあわせて、牛腸の写真集『日々』(1971)、『SELF AND OTHERS』(1977)、そして遺作となった『日本カメラ』(1983年6月号)掲載の「幼年の「時間(とき)」に発表された写真を中心に、彼の「こども」写真25点が展示されている。
大四つのバライタ印画紙(イメージサイズは約15・5×23センチ)に、牛腸の桑沢デザイン研究所時代の同級生、三浦和人氏によって引き伸ばされたプリントは、これまで写真集などで見慣れた写真とは少し印象が違う。白黒のコントラストがやや強まって、写真の細部がくっきりと目に入ってくるようになったのだ。そのことによって、牛腸の写真について常に語られてきた「はかなさ」や「揺らぎ」の印象が薄らぎ、むしろその強靭な構築力が露になってきたと言える。牛腸が写真家として、子どもたちから何を、どのように切り取り、引き出そうとしていたのかが、明確に見えてくるからだ。牛腸の写真は決して甘くも優しくもない。子どもたちに対する彼の姿勢も、どこか容赦ないところがある。もしかすると、子どもたちはモデルとして彼のカメラの前に立つことに、脅えや怖れすら感じていたのではないか。そんなことを、写真を見ながら考えていた。
今回MEMで展示された「見慣れた街の中で」と「こども」の写真は、2013年12月に大阪のThe Third Gallery Ayaに巡回する。だが、むろんこれで牛腸茂雄の写真についての検証が完了するわけではない。誰かまた、彼の写真の不思議な力に突き動かされる者が現われてくるのではないだろうか。

2013/09/28(土)(飯沢耕太郎)

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