artscapeレビュー
2013年10月15日号のレビュー/プレビュー
あいちトリエンナーレ2013 パブリック・プログラム スポットライト「名和晃平」
名和晃平のトークの進行を担当した。いつも理系作家だなあと感心するが、今回は数式モデルで自分の作品を整理して語っている。今年は韓国、犬島、あいちで3つのビッグ・プロジェクトが続けて実現し、大きな飛躍の年になったという。今回のレクチャーでは、初めて見る学生時代のドローイングも幾つか紹介された。あいちトリエンナーレの泡のインスタレーション「foam」は、世界創造の風景を思わせる、名和作品の進化形であると同時に、実は学生時代から暖めていた着想で彼の原点でもあることがよくわかった。
2013/09/29(日)(五十嵐太郎)
あいちトリエンナーレ2013 映像プログラム 土本典昭『原発切抜帖』/濱口竜介+酒井耕『なみのおと』
あいちトリエンナーレ2013の映像プログラムを2本鑑賞する。『原発切抜帖』と『なみのおと』の2本立てで、前者は原発に関する実験的な作品、後者は津波に関するドキュメンタリーであり、今回のあいちのテーマに最もダイレクトに関わりをもつ作品だった。土本典昭の『原発切抜帖』(1982)は、公式取材が拒否され、新聞記事の再構成だけで映像を成立させる作品。冒頭、1945年の原爆投下翌日の記事の扱いの小さいことにまず驚く。チェルノブイリ前の作品なので、むつやスリーマイルの話が多いが、その対応、発表、報道の迷走ぶりは現代とあまりに同じで再度驚く。『原発切抜帖』は、3.11以後にその意味が復活し(ニナ&マロアンの作品において黒澤明『生きものの記録』を現状に照らし合わせたように)、またネット時代を迎え、新聞メディアの意味を再考させる作品としても新しい意義を獲得している。ゲストトークでは正木基が、この作品を読みとく背景やほかの原爆映像などを紹介した。
濱口竜介+酒井耕『なみのおと』(2011)は、岩手の田老から福島の新地まで南下しながら被災者の語りを記録する映画。個人的に、ポスト震災のドキュメンタリーとして最も興味深い作品だった。被災地の風景映像は移動時のみで、ごくわずか。資料映像もなく、正面ショットの語りだけで、142分。しかし、『なみのおと』が退屈だと感じる瞬間はなかった。被災者の語りに耳を傾け、その表情と仕草から起きた出来事、彼らの失われたふるさとを想像させるからだ。特にかけがえのない友を失った南三陸の女性、家ごと流され九死に一生を得た東松島の夫婦、何気ない風景の思い出を愛おしく語る新地の姉妹。筆者はおそらく通常の鑑賞者とは違い、『なみのおと』に登場するすべての被災地を歩いている。例えば、田老、気仙沼、南三陸、東松島の野蒜、相馬の新地である。ゆえに、野蒜や新地を荒涼とした状態でしか見ていなかったが、彼らの記憶をめぐる語りを聞きながら、あの風景に色がつき、意味が充填していく。映像の外側にあるものを思い出していた。
2013/09/29(日)(五十嵐太郎)
プレビュー:蓮沼執太展「音的→神戸|soundlike 2」
会期:2013/11/02~2013/11/20
神戸アートビレッジセンター[兵庫県]
神戸アートビレッジセンターが2007年より開催している、新進気鋭の若手アーティストによる展覧会「Exhibition as media(メディアとしての展覧会)」。今回は音楽作品のリリースのほか、ライブパフォーマンス、展覧会、ワークショップ、イベント制作、CM、映画への楽曲提供など、多角的な実践を展開している音楽家の蓮沼執太を迎え、蓮沼が神戸やナイロビをフィールドワークして制作した新作を中心に構成。作品展示のほか、ワークショップやギャラリーツアー、ライブ演奏など、会期中は関連イベントも開催される予定。「展覧会」のメディア性を念頭に、企画立案から実施までのプロセスを重視してアーティスト自らと同センターが共同で作り上げる「Exhibition as media」、毎回興味をそそられるが、蓮沼の【関西?】初個展という今回も期待が膨らむ。
2013/10/14(月)(酒井千穂)
カタログ&ブックス│2013年10月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
キュレーション 「現代アート」をつくったキュレーターたち
世界的なキュレーター、H. U. オブリストが迫る、現代アートのシステムがつくられるまでの歴史。
キュレーションという概念の黎明期に活躍したキュレーター11名に、ハンス・ウルリッヒ・オブリストが行なったインタビューを収録。1960年代から1970年代の初期インディペンデント・キュレーティングから、実験的なアートプログラムの台頭、ドクメンタや国際展の発展を通じてヨーロッパからアメリカにキュレーションが広がっていった様を、オブリストによる鋭く深いインタビューは鮮やかに描き出しています。
キュレーターは職業としてどのように成立してきたか、展示の方法や展覧会の作り方はどのように進化してきたか、今後キュレーションはどのような方向へ向かうのか。アートとキュレーションの関係を考える上で決定的な1冊です。
[フィルムアート社より]
Mn'M Workbook 2:
Tokyo Dérive───In Search of Urban Intensities
東京漂流──都市の強度を探して
『10の都市における都市の強度』において、アジア、オーストラリア、ヨーロッパから集まった建築家とアーバニストの専門家グループは、自分たちが生活と仕事を営んでいる都市を取り上げ、その都市を決定的に定義付ける重要な現象に注目することによって、「都市的なるもの」の複雑性についての考察を行なった。その考察からは30のキーワードとフレーズが生まれ、これを骨組みとして本プロジェクトの中心テーマ──都市の強度が浮き彫りになった。本書は、考察の次なる段階として、より規模の大きなMn'M研究チームが2012年11月に東京で実施したフィールドワークお結果の一部を示すものである。
[本書プロローグより]
建設ドキュメント1988──イサム・ノグチとモエレ沼公園
1988年彫刻家イサム・ノグチが完成を見ずに逝き、続行も危ぶまれたモエレ沼公園計画は17年後に完成した。ゴミの埋立地が「大地の彫刻」に変貌した軌跡を設計統括を担当した建築家とランドスケープデザイナーが明かす。残された僅かな図面を頼りにそのコンセプトは如何に読み解かれ実現されたのか?初めて明らかになるその舞台裏。
[学芸出版社サイトより]
2013/10/15(火)(artscape編集部)