2019年07月15日号
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artscapeレビュー

2014年11月01日号のレビュー/プレビュー

プレビュー:Open Storage 2014─見せる収蔵庫─

会期:2014/11/08~2014/11/24の金土日祝日

MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)[大阪府]

おおさか創造千島財団は、大阪市の北加賀屋にある鋼材工場・倉庫跡を生かし、現代美術作家の大型作品を保存・展示するプロジェクト「MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)」を進めている。それらの収蔵作品を初めて一般公開するのが、この催しだ。海外では同様の事例がすでに行なわれているが、国内での開催は珍しい。今回の参加アーティストは、宇治野宗輝、金氏徹平、久保田弘成、やなぎみわ、ヤノベケンジの5名。巨大な工場跡空間で繰り広げられる大型彫刻作品の共演に、今から胸が躍る。

2014/10/20(月)(小吹隆文)

プレビュー:咲くやこの花コレクション 大西康明 展 空洞の彫刻

会期:2014/11/08~2014/11/29

アートコートギャラリー[大阪府]

ポリシートや接着剤など量塊性の希薄な素材を駆使して、空洞や余白を意識させるネガの空間をつくり出す大西康明。近年は海外でも旺盛な活動を行なっている彼が、久々に大阪で個展を開催する。本展では、光と重力を用いて内側をつくることから実体のない外側の創出を試みる新作を発表。また、初期作品も合わせて展示され、大西の造形世界を概観することができる。なお本展は、大西が平成25年度の「咲くやこの花賞」(大阪の文化振興に貢献し、将来担うべき存在に対して大阪市が授与している賞)を受賞したことを記念して開催されるものである。

2014/10/20(月)(小吹隆文)

桜圃名宝

会期:2014/09/27~2014/12/06

学習院大学史料館[東京都]

寺内正毅(1852-1919)は、山口県(長州)の出身で陸軍士官学校長・教育総監・陸軍大臣・初代朝鮮総督などを務めたのち、大正5年に内閣総理大臣となった人物で、「桜圃」と号した。すなわち「桜圃名宝」とは正毅が所有していた書画骨董の優品のことである。本展には学習院大学が2013年度に寺内家から寄贈を受けた正毅・寿一関連資料350余点から、漆芸、書簡、墨蹟など約30点が出品されている。注目すべき品のひとつは、第10代学習院長・乃木希典が明治天皇に殉死した当日に正毅に送った書簡(大正元年9月12日付)である。同時代に書かれた文献から、乃木が自決する前に一番最後に書いた書簡であると考えられるという。その他の墨蹟には、西郷隆盛、木戸孝允、高杉晋作、吉田松陰らの書や書簡がある。いずれも正毅の故郷である長州出身者、あるいは正毅の人生に関わった人々の手によるものである。もうひとつ注目すべき品々は漆芸。中心となるのは寺内正毅が国の要職を務めた明治大正期に、その功績により皇室から下賜されたものである。明治維新後、大名家の庇護を失った職人たちは輸出工芸に新たな活路を見出し、江戸期までの国内向けの意匠とは異なる外国人好みの大胆なデザインの作品が多くつくられていた。これに対して御下賜品の漆芸は古典的な意匠や時代ごとの流行の技術を体現したものであり、その背景には日本の伝統工芸の技術を守ろうという考えが見て取れる。蒔絵の硯箱や文台の制作にはかなりの時間を要するものであり、これらの品の多くは下賜の機会や相手を特定せずに事前に皇室により発注された可能性もある。一方、制作期間が短くてすむ小品は、下賜の機会や相手が特定された特別注文の品と考えられ、作品の意匠からそれがわかるものもある。寄贈資料にはボンボニエール(皇室や華族家などの慶事の際に配られる小さな菓子入れ)が数多く含まれており、本展にはそのなかから漆塗りの品が10点出品されている。唐櫃や手箱をミニチュア化したうつわは雛道具にも似てかわいらしい。[新川徳彦]

2014/10/22(水)(SYNK)

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第5回企業のデザイン展──花王株式会社「にほんのきれいのあたりまえ」

会期:2014/10/04~2014/10/26

東京藝術大学大学美術館 陳列館[東京都]

2012年から2年間にわたって「家庭用品の未来」を研究テーマに、花王株式会社と東京藝術大学が行なってきた「藝大デザインプロジェクト」の報告展覧会。陳列館の1階会場では日本人の暮らしの変遷と花王製品の関わりを三つの切り口──「からだのきれい(石鹸、シャンプー、ボディソープなど)」「ころものきれい(洗濯用洗剤)」「すまいのきれい(室内用洗剤、簡易モップ、台所洗剤など)」でたどる。2階会場では「きれい」をイメージしたインスタレーションと、識者たちが考える未来の「きれい」、そして藝大生による提案がパネル展示されている。このほかに1階では花王の前身である長瀬商店が海外輸出向け石鹸のために制作したラベルや、1931(昭和6)年に「新装花王石鹸」の発売にあたって行なわれた包装紙の試作コンクールの作品も展示されている(ただし、複製)。杉浦非水、村山知義、広川松五郎ら8名が参加し28点が提出されたこのコンクールで採用されたのは、最年少で当時はまだ無名だった原弘のデザインである。
 展示を見たあと、もやもやとした印象が残る。もやもやのひとつはサブタイトルになっている「にほん」について。スペインやポルトガルの手によって日本に石鹸がもたらされたのは天文年間(1532-1555)というが、じっさいに石鹸が洗顔や入浴、洗濯に使用されるようになるのは明治に入ってからのこと。石鹸工業は他の工業と同様「欧米諸国の物に譲らざるの佳品を製出せん」という精神によって発展してゆく★1。明治23年に発売された「花王石鹸」の包装紙には牡丹があしらわれていたが、これは中国大陸への輸出をも考慮したデザインだという★2。国内需要においても、その展開は日本人の生活様式の西洋化と軌を一にしてきたことは1階会場の展示によって示されているとおり。そして原材料のパーム油は輸入品だ。こうした製品と企業のあゆみを「にほん」という枠組みで考えるのには無理がないだろうか。
 もうひとつ、「きれいのあたりまえ」についても疑問が残る。そもそも衛生観念はそれ自体が近代の産物であり、かつ時代や地域、さらには個々人によって大きく異なっている。日本に限定しても清潔さについての「あたりまえ」はけっして不変ではないし、普遍でもない。そしてそうした清潔観自体がまた石鹸・洗剤メーカーの宣伝コピー、広告、コマーシャルによってつくられてきたものであることを忘れるわけにはいかない。緑の芝生の上に真っ白なTシャツがはためく会場2階のインスタレーションは、まさしくコマーシャルによってつくり出された清潔さのイメージそのものである。歴代の合成洗剤の効能書きは洗い上がりの白さを盛んに訴えてきた。このことは他方で人々に汚れや不潔な状態であることに対する罪の意識と恐怖とを植え付けてきた。そうした「罪の意識」や「恐怖」が合成洗剤の需要を増大させ、1970年代から80年代にかけて河川や湖沼の汚染を招いたのではなかったか。そればかりではない。「あたりまえ」とは他者に対する同調圧力であり、清潔さを追求する人々は不潔な人々を忌避する。それは異質な者たちを排除する思想と一体ではないだろうか。
 そうした歴史的経緯をふまえて改めて本展を見ると、藝大生の提案のなかの「WASHVAL!!」に目がとまる。「wash」と「carnival」を合わせたタイトルのこのプロジェクトの解説によれば「近年の日本では『きれい・清潔』を重視しすぎるがあまり、逆に『汚してはいけない』という抑圧された心理を生み、『心の汚れ』を日常生活の中でため込んで」いるという。「WASHVAL!!」はそのようなストレスを解放するために、汚れてもよいポンチョを着て絵の具を仕込んだボールを投げ合うイベントである★3。終了後に「花王の洗剤で綺麗に洗濯・掃除」するというパフォーマンスはともかく、日本人の「美徳」を自画自賛する展示のなかで、僅かでも「にほんのきれいのあたりまえ」がもたらした問題を示している点は注目に値する。[新川徳彦]

★1──『花王120年』(2010)18-21頁。
★2──『暮らしを拓く──花王を築いた商品たち』(2002)2頁。
★3──「The Color Run」というランニング・イベントを想起する企画だ。

2014/10/24(金)(SYNK)

7つの海と手しごと《第5の海》「オホーツク海とウイルタのイルガ」

会期:2014/10/04~2014/11/03

世田谷文化生活情報センター:生活工房[東京都]

世界の海の暮らしをクラフトで紹介する「7つの海と手しごと」シリーズ。第5回となる本展では、サハリン島の少数民族・ウイルタの「イルガ」という文様が取り上げられている。ウイルタの人々は、春から夏にかけては海と川でアザラシやトド、マスやサケを採り、秋から冬にかけては海がオホーツク海の流氷で閉ざされるために山に移動し、トナカイを飼養し、また野生のトナカイを狩って暮らしてきた。しかし日露戦争後にサハリン(樺太)が北緯50度でロシア領と日本領に分断されると、島の自由な移動は妨げられ、彼らは定住生活を強いられることになったという。ウイルタの人々に伝わる伝統的な文様が「イルガ」。渦巻きのような、ハート型にも見えるような繰り返し文様だ。なめしたトナカイの皮、衣服や靴のほか、木製のカトラリにも施されてきた。刺繍に用いられた絹糸は、中国との交易によってもたらされた。展示品の大部分は「北方民族資料館ジャッカ・ドフニ」(北海道網走、1978年開館、2010年閉館。ジャッカ・ドフニとはウイルタ語で「大切な物を収める家」という意味)が所蔵し、その後北海道立北方民族博物館に寄贈された資料。これらは第二次世界大戦後にサハリンから網走に移住してきた人々が守り、伝えてきたものである。古い工芸品は、樺太敷香町(現・ポロナイスク)につくられた先住民集落の教育所で日本人観光客向けにつくられたものだという。つまり、イルガが施された工芸品には、ウイルタの人々の暮らしばかりではなく、交易や被支配の歴史が刻まれているのである。[新川徳彦]

2014/10/28(火)(SYNK)

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