artscapeレビュー

大坪晶写真展「Shadow in the House #01/#02」

2015年11月15日号

会期:2015/09/24~2015/09/30

大阪ニコンサロン[大阪府]

大坪晶の写真作品《Shadow in the House》シリーズは、時代の変遷に伴って多層的な記憶を持つ家の室内空間を被写体としている。本個展では、チェコ共和国プラハにあるべトナ・ホラー・インスティチュートと、奈良県大和郡山市にある旧川本邸を撮影したカラー写真十数点が展示された。
1928年に個人宅として建設されたべトナ・ホラー・インスティチュートは、第二次大戦中の軍事的占領、戦後の共産主義体制下における没収、政府から教会への貸与、体制崩壊後の遺族への返還を経て、現在は、元の所有者の孫娘が管理する公共施設となっている。また、大正時代に建設された旧川本邸は、1958年まで遊郭として使用され、風営法制定による廃業後は下宿として間貸しされた後、現在は町の保存団体が管理し、奈良芸術祭「はならぁと」の会場として活用されている。
光の差し込む障子、畳の間に設えられた屏風、壁紙が剥がれて剥き出しになった土壁。使い込まれた家具のある居間やキッチン。複数の写真に登場する男性の肖像画は、実体はなくともこの場を支配するかのような「かつての持ち主」の存在感を強く感じさせる。そこに折り重なるように写し込まれた影。よく見ると、ある時は壁の染みのように、ある時は家具が壁に擦れた跡のように、亡霊のような黒い影が画面に写り込んでいることに気がつく。かつて人がそこにいた痕跡が、見えない気配のように、あるかなきかの影となって空間を漂っているのだ。
《Shadow in the House》シリーズは、人々の生活の痕跡や記憶を内包した古い家のドキュメンタリーであるとともに、場に潜在する見えない記憶を「影」として可視化するという演出や操作を含んでもいる。そうした演出や操作に対して、「正しい」ドキュメンタリーを信奉する立場からの批判があるかもしれない。だが、大坪の写真は、写真の記録の「客観性」/イメージは常に操作可能であるという二律背反を引き受けながら、見知らぬ他者の記憶という、想起や共有が困難なものへと接近する回路を開こうとしている。その撮影行為は、建物の歴史的経緯や持ち主について遺族や関係者から聞いた話に支えられており、オーラル・ヒストリー的な側面を合わせ持つ。それはまた、 痕跡を写した写真/写真というメディウム自体が光の物理的痕跡であるという、写真と痕跡をめぐる視覚的考察となっている。

2015/09/30(水)(高嶋慈)

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