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谷澤紗和子×藤野可織「無名」

2015年11月15日号

会期:2015/10/23~2015/11/01

KUNST ARZT[京都府]

美術作家の谷澤紗和子が制作した人形のような陶のオブジェに、小説家の藤野可織が短編小説を書き下ろしたコラボレーション展。子供の粘土遊びのような造形に、目・鼻・口を表わす虚ろな窪みをつけられたオブジェたち。ユーモラスなのか不気味なのか分からない表情で佇む彼らに、1ページずつ文章が添えられ、物語が展開していく。
「名前をつけてはいけない。名前をつけたとたんにお前は死ぬ」。恐ろしげな宣告で小説は始まる。「それもただの死に方じゃない。お前は引き裂かれ、ねじ切られ、ぐちゃぐちゃにつぶされて捏ねくり回された挙句、火でかちかちに焼き固められるだろう」。語られていくのは、名づける行為と存在、名を持たないことと忘却、名前のないものがもたらす恐怖と、名づけることで対象を認識し、分類し、秩序を与えて支配しようとする欲望だ。また、文体の特徴として、「お前」「わたしたち」「彼ら」といった人称代名詞の使用がある。指示対象が括弧の中に入れられて宙吊りのまま、文脈次第で異なる意味が空白に充填される人称代名詞の使用に加えて、冒頭とほぼ同一の文が最後のページに回帰する構造によって、小説を読み返しながら会場を何周も回るたびに、作品の印象がさまざまに変化するのだ。
陶のオブジェたちは、ある時は、目鼻がとれた焼け焦げた死体や拷問で変形した身体のように見え、物体へと還元されて固有名を失くしたもの、フォートリエの《人質》シリーズのように暴力の痕跡として立ち現われる。またある時は、生命を宿したばかりの胚のように見え、不定形で混沌としたエネルギーの蠢く塊、まだ名前を持たない存在を思わせる。あるいは、目鼻だけを彫った稚拙な地蔵像のように、プリミティブで集合的な祈念の形象化のようにも見えてくる。無為なのか底なしの暗闇なのかわからぬ窪みをのぞき込むと、釉薬のように色づいた表面が照り光っている。これは、貝殻を陶土に埋め込んで窯入れすることで、焼けた貝殻が釉薬のように色と光沢感をもたらすのだという。ここで、二枚貝が女性器の象徴として用いられてきたことを思い返すならば、頭部や腹部にぱっくりとした割れ目をもったオブジェたちは、解剖された標本のような不気味さのなかに、密やかなエロスを開示する。マジカルな仕掛けを駆使した小説との相互作用により、谷澤の陶オブジェは、そうしたさまざまな連想を許容する包容力を備えていることを示していた。

2015/10/24(土)(高嶋慈)

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