artscapeレビュー
川内倫子「照度 あめつち 影を見る」
2012年06月15日号
会期:2012/05/12~2012/07/16
東京都写真美術館 2階展示室[東京都]
明らかに川内倫子の写真の世界が変わった。大きく成長し、力強く翼を広げたその姿は目にまばゆいほどだ。むろん、1997年に第9回写真ひとつぼ展でグランプリを受賞してデビューした頃から、彼女の才能は際立っていたわけだし、その後も第27回木村伊兵衛写真賞受賞(2002)、ICPインフィニティ・アワード受賞(2009)と順調にキャリアを伸ばしてきた。だが、昨年日本とアメリカで同時刊行した写真集『ILLUMINANCE』(FOIL/Aperture)のあたりから、階梯がひとつ上がったように感じる。日本の写真という枠組みを超えて、彼女の仕事は、21世紀前半の世界の写真表現の最尖端の部分を担いつつあるのではないだろうか。
今回の展示は、「Illuminance」「Iridescence」「ある箱のなか」「あめつち」「影を見る」の5部構成。「うたたね」「Cui Cui」「AILA」そして「Illuminance」といった旧作を再構成した展示の前半部分も、見事なインスタレーション、巧みな編集の技を見ることができるのだが、やはり注目すべきなのは新作の「あめつち」と「影を見る」だろう。阿蘇山の野焼きの場面を中心に構成された「あめつち」では、初めて4×5判の大型カメラを使用して撮影している。川内の写真といえば6×6判の真四角な画面というイメージが強かったのだが、そこから大胆に、だがなんの気負いもなく新たなフォーマットに踏み出していった。そのことで、展示されているプリントの大きさはもちろんだが、内容的なスケール感が格段に違ってきている。まさに「あめつち」=天と地の境界にどっしりと大判カメラを据え付け、神話的、始源的な世界のイメージを捕獲しようする気魄が伝わってくるのだ。
もうひとつ注目してよいのは、その「あめつち」のシリーズだけでなく、イギリスの海岸に飛翔してくる渡り鳥の群れを捉えた「影を見る」、また「Illuminance」のパートにおいても、動画による映像作品が積極的に導入されていることだ。特に面白かったのは、2面マルチスクリーンで上映された「Illuminance」の映像である。撮影されている場面は、日常と非日常、生の世界と死の世界とを軽やかに往還する、いつもの川内の写真の被写体そのものだ。だが、時間の経過が映り込み、音(微かなノイズ)がかぶせられることで、彼女の微視的でありながら遥か彼方までも見通すことができる優れた視力と、そのスコープを精妙にコントロールしていく能力の高さが、さらに際立ってきているように感じた。川内は写真=静止画像という固定観念をも突き崩そうとしているのだろうか。
2012/05/17(木)(飯沢耕太郎)