artscapeレビュー

井上佐由紀「A Living Creature」

2012年06月15日号

会期:2012/05/03~2012/06/03

nap gallery[東京都]

井上佐由紀は1974年、福岡県柳川市の出身。ということはちょうど川内倫子、蜷川実花(1972年生まれ)とHIROMIX(1976年生まれ)の間の世代で、本当なら1990年代の「ガーリー・フォト」の時期に脚光を浴びてもよかったはずだ。だが、九州産業大学の写真学科を卒業後、どちらかといえばコマーシャル・フォトを中心に活動していたこともあって、あまりその存在が目立たなかった。僕が彼女の仕事に注目するようになったのは、2009年刊行の写真集『reflection』(buddhapress)以後のことになる。海辺で踊る少女のイメージを中心にしたこの写真集は、彼女の写真を編集・構成していくセンスのよさをはっきりと示していて、鮮やかな印象を残すものだった。
その彼女の新作「A Living Creature」が、アーツ千代田3331内のnap galleryで展示された。商業ギャラリーでの個展は初めてということだが、作品の内容、インスタレーションとも堂々たるものだった。海の中に防水カメラを手に踏み込み、泡立ち、渦巻く海面の近くでシャッターを切っている。海を「意思の無い生物」として、「恐れ」とともに受け入れようとする姿勢が、みずみずしい画像として定着されていて、爽やかな自己主張を感じた。むろん、まだシリーズとしては未完成だが、今後の展開が期待できそうだ。ただ、やや「遅れてきた」分、作家活動への集中が求められるのではないだろうか。あまり間を置かずに、次の作品を見せてほしいものだ。

2012/05/17(木)(飯沢耕太郎)

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