artscapeレビュー

安村崇「1/1」

2012年06月15日号

会期:2012/05/13~2012/06/10

MISAKO & ROSEN[東京都]

安村崇のデビュー作「日常らしさ」(1999)はとても興味深いシリーズだった。彼の身の回りの日常の場面で見慣れた事物を、大判のカラーフィルムで精密に撮影・プリントする。ところが、それら蜜柑、ケーキ、ホッチキス、ホースなどは、あまりにも本物らしいがゆえに、逆にどこか偽物めいた雰囲気(「日常らしさ」)を露にし始めるのだ。視覚的に正確に撮影すればするほど、心理的な真実からは隔たってしまう──そんな写真特有の二律背反が見事な手際で暴かれていたといってもよい。
それから10年あまりが過ぎ、安村は淡々と、だが着実に写真の「見え方」の探求を続けていった。その成果がひさびさの新作として発表されたのが、今回のMISAKO & ROSENでの個展「1/1」である。壁に並んでいる11点の作品は、いわば「色面の研究」の成果といえる。赤、緑、青、黒など壁面、階段、柱などの一部が、抽象的なパターンとして切り取られて画面の中に配置されている。タイトルの「1/1」というのは、「現実とそれを表わしたものとの関係」ということのようだ。つまり、被写体と写真の画像がほぼ同じ大きさであるというだけではなく、「カメラを通したもうひとつの『1』」として定着されているのだ。奥行きのある三次元空間を捉えた「日常らしさ」とはかなり違っているようで、この一見平面的、装飾的なシリーズでも、安村のアプローチは一貫している。ここに浮かび上がってくる「色面」も、その微妙な陰影やテクスチャーへのこだわりによって、やはり「色面らしきもの」に置き換えられているのだ。
ただ、今のところ、その探求の道のりはまだ半ばであるように感じた。「日常らしさ」のような鮮やかなどんでん返しに至るまでには、もう少し別な(細やかな)操作が必要になってくるのかもしれない。

2012/05/25(金)(飯沢耕太郎)

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