artscapeレビュー
「手負いの熊」
2014年06月15日号
会期:2014/05/06~2014/05/18
甲斐啓二郎は、同じ会場で2012年10月に「Shrove Tuesday」と題する個展を開催している。イギリスの村に伝わる、作家の原型というべきボール・ゲームの様子を撮影した作品である。今回の「手負いの熊」はその続編というべきだろう。
撮影場所は長野県野沢温泉村で、そこで繰り広げられる「道祖神祭り」が今回の被写体である。「社殿」と称される櫓に火をつけようとする一団と、それを防ごうとする一団が、文字通りの肉弾戦でぶつかり合う。「Shrove Tuesday」もそうだったのだが、甲斐は祭りの全体を俯瞰するようなポジションはまったくとらず、うねりつつ形を変えていく集団の中に、呑み込まれるようにしてシャッターを切る。そのことによって、闇の中で焔が渦巻き、煙が上がり、喧騒に包み込まれる状況が、いきいきと、まさに「生身」の姿であらわれてくる。甲斐が興味を抱いているのは、この祭りがきわめて「競技的」な構造を備えているということだ。かつては神事としておこなわれていた祭礼や行事が、スポーツに転訛していくのは世の東西を問わずよくあることだ。この文脈をさらに深く掘り下げていくと、闘争=ゲームの本質が、写真を通じてくっきりと浮かびあがってくるのではないだろうか。
ただ、もう少し人類学、民族学、神話学などの知を総動員しないと、単なる物珍しい行事の記録だけに終わってしまいそうだ。また、数をこなすよりも、むしろ一つの行事に深く絞り込んでいくことも必要になってくるのではないだろうか。
2014/05/07(水)(飯沢耕太郎)