artscapeレビュー

桑原史成「不知火海」

2014年06月15日号

会期:2014/05/07~2014/05/20

銀座ニコンサロン[東京都]

桑原史成は2013年に刊行した『水俣事件』(藤原書店)で第33回土門拳賞を受賞した。その受賞記念展として開催されたのが本展である。桑原が水俣病の患者さんたちを撮影しはじめたのは1960年だから、既に50年以上が経過している。一人の写真家の仕事として異例の長さであるとともに、これだけの質と厚みを備えたドキュメンタリー・フォトは、日本の写真表現の歴史においても希有なものといえるだろう。
土門拳賞の受賞対象となった著作が『水俣病事件』ではなく、『水俣事件』となっていることに注目すべきだろう。これは版元の藤原書店の藤原良雄がいくつかの候補から選んだもののようだが、桑原が撮影してきたのが単純に「水俣病」を巡る状況だけではなく、地域社会の全体を巻き込み、国際的にも環境汚染の問題を問い直すきっかけとなった「事件」の全体であったことを、よく指し示すネーミングといえる。
写真をあらためて見直すと、「生ける人形」と称された重症患者の少女を撮影した1960年代のよく知られた写真から、2013年の水俣病認定棄却処分を不当とする最高裁判決の記録まで、桑原がまさに一つの地域と時代とをまるごとつかみ取り、写真に残しておこうという強い意志に突き動かされてきたことがよくわかる。土門拳賞の「受賞理由」としてあげられた「ジャーナリスティックで距離感を保った一貫した姿勢」というのは、まさにその通りだと思う。日本のフォト・ジャーナリズムの記念碑的な作品というだけではなく、いまだ現在進行形の仕事であることに強い感銘を受けた。

2014/05/09(金)(飯沢耕太郎)

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