artscapeレビュー
あの時代(とき)のホリゾント 植田正治のファッション写真
2016年06月15日号
会期:2016/04/16~2016/05/29
アツコバルー[東京都]
植田正治の人気の高さは、本来は5月22日までだった本展の会期が29日まで延長されたことでもわかるだろう。今年の秋には、各時代の代表作を網羅した大冊の写真集が河出書房新社から出る予定であり、今後も出版や展覧会企画が途切れることなく続いていくのではないかと予想される。
今回の展示は、植田の1980年代以降のファッション・広告写真にスポットを当てたもので、こういう切り口はかなり珍しい。だが、『TAKEO KIKUCHI AUTUMN AND WINTER COLLECTION '83-'84』を皮切りにはじまったこの種の写真においても、植田の研ぎ澄まされた美意識と天性の造形感覚は見事に発揮されており、通常の写真とほとんど地続きであるように見える。それはやはり「砂丘」という舞台装置の設定によるところが大きいのではないだろうか。戦前から愛用してきた、広がりのある天然のホリゾントに人物を配置し、シルクハットやステッキや蝙蝠傘などの小道具を巧みに用いることで、のびのびと自分の写真の世界を構築している。ファション・広告写真という新たな領域に踏み込んだことで、持ち前の実験精神を心ゆくまで発揮することができるようになった、その歓びが写真にあふれ出てきているようだ。
もうひとつ、これまでと違って、デザイナー、編集者、スタイリスト、モデルたちとの共同作業という側面が強まっているのも大きかったのではないかと思う。植田は山陰の地にあって、ほとんど独力であの「植田調」のスタイルをつくり上げてきたのだが、クライアントのいる仕事を手がけることで、自分にはない発想を取り入れていくことができるようになった。縛られることで自由を手に入れるという逆説が、これらの写真から見えてくる。なお、展覧会に合わせて『砂丘 LA MODE』(朝日新聞出版)が刊行された。小ぶりだが、しっかりと編集された写真集だ。
2016/05/27(土)(飯沢耕太郎)