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生誕130年記念 藤田嗣治展 東と西を結ぶ絵画

2016年06月15日号

会期:2016/04/29~2016/07/03

名古屋市美術館[愛知県]

ちょっと遠いけど、名古屋と神戸へ日帰りの旅。まず、名古屋市美術館で開かれている生誕130年記念の「藤田嗣治展」。東近美の藤田展が生誕120年記念だったから、もう10年たったのか。この間の藤田の、とりわけ戦争画に対する関心の高まりと評価の変化には目を見張るものがある。つい20-30年前までは、藤田といえばちょっと軽蔑のこもった視線で見ていたのに(ぼく自身がそうだった)、戦争画について知れば知るほど藤田自身に興味が湧いてくるようになった。最近の若い人もおそらく戦争画から入って、その前にエコール・ド・パリの一員だったことを知る人が大半で、戦争画を知る前に乳白色の裸婦に魅せられた人はいないんじゃないか。だとすれば、没後半世紀近くたってようやく藤田にとって戦争画は致命的な汚点ではなくなり、むしろ歴史に名を刻むための名作群に祭り上げられたのかもしれない。その戦争画は今回、《アッツ島玉砕》《ソロモン海域に於ける米兵の末路》《サイパン島同胞臣節を全うす》という、ほぼ望みうる最高の出品。不思議なのは、戦争画と同じころに描かれたミレー風の《仏印風景》と、童話風の《孫娘とおばあさん》という西洋憧憬的な小品。いったい藤田はこれらも戦争画も本気で描いていたのか、と疑いたくなる。この戦争画を挟んだ前と後でリアリズムの度合いが変化するのも見どころ。戦前はプリミティヴィズムといってもいいような画風だったのに、戦後の例えば《X夫人の肖像》《庭園の子供達》《静物(夏の果物)》などは、これまでになく立体的で細密だ。そして60年代の宗教画になると、もはやリアリズムを通り越してあっちのほうに行ってしまう印象だ。藤田の展覧会は、作品を順にながめていくだけで大きな時代の流れに身を任せることができる。実に希有な存在だと思う。今回はランス美術館をはじめ海外からの出品も多く、初めてお目にかかる作品も少なくない。

2016/05/28(土)(村田真)

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