artscapeレビュー
2012年10月01日号のレビュー/プレビュー
鈴木貴博「生きろ」
会期:2012/08/27~2012/09/01
ギャラリー現[東京都]
会場の床一面に広がっていたのは、規則正しく配置された和紙の束。表面には「生きろ」という文字が連続して書かれている。会場の一角には机に向かった鈴木本人が筆を振るっているから、展示物の一部をライブで制作しているのだろう。和紙の塊が、「生きろ」というメッセージにかけた鈴木の熱意を如実に物語っている。ただ、鈴木の作品がおもしろいのは、その和紙の束の物量によってメッセージを効果的に伝えるというより、むしろ文字を連続して書き続けるうちに、次第に文字の外形が崩れていき、その独特の文字の形態が意味伝達の機能を上回っているように見受けられるところにある。「生きろ」と読めなくはないが、一見すると象形文字のようにも見える。意味を伝達する機能が損なわれている点では、文字としては失格なのかもしれない。しかし、その崩れた文字のかたちが、逆に「生きろ」という意味を伝達することへの並々ならぬ気迫を表わしていると考えられなくもない。反復的なパフォーマンスが示しているのは、そのようにして文字の外形を内側から食い破るほど遮二無二込められた鈴木の思いにほかならない。
2012/08/31(金)(福住廉)
バーン=ジョーンズ展─英国19世紀末に咲いた華─
会期:2012/09/01~2012/10/14
兵庫県立美術館[兵庫県]
私は10代後半に、いわゆる世紀末芸術にずっぽりとはまった。最初はクリムトだったが、すぐに、シーレ、ムンク、ルドン、モロー、クノップフ、ビアズリーと、なんでもござれになった。いま思えばその理由は性的関心や恍惚感に由来するのだが、たとえ動機がよこしまでも自分の美的嗜好のルーツに世紀末芸術があるのは間違いない。バーン=ジョーンズも当時興味があった作家のひとりで、彼の作品が生で見られるならと、いそいそと美術館へ向かった。しかし、いざ作品に接すると、事前の期待とは裏腹な反応がわが身に起こった。作品に充満する濃密な美意識に負けて、胸やけにも似た気分に襲われてしまったのだ。年をとると食事の好みが変わるという話はよく聞くが、美術も同じなのかもしれない。美術展でこんな体験をしたのは初めてだ。
2012/09/02(日)(小吹隆文)
どうぶつ大行進
会期:2012/07/14~2012/09/02
千葉市美術館[千葉県]
日本美術のなかに描写された動物を見せる企画展。江戸から明治、大正、昭和、平成まで、同館の所蔵作品を中心に、200点あまりの絵画や版画、彫像、書籍などが展示された。牛馬や犬猫、鳥など、かねてから人間の暮らしに近い動物はもちろん、象やライオン、虎、龍、麒麟など、稀少な動物ないしは霊獣まで、日本美術にはこれほど多種多様な動物がおびただしく描かれていたのかと驚かされる。若冲、宗達、蘆雪、抱一から北斎、国芳、芳年、歌麿まで、一つひとつの作品に見応えがあったが、なかでも際立っていたのが、明治時代のすごろくの錦絵。雑誌の付録だったのか、それとも玩具の一種だったのか、さまざまな動物の図像を配置した画面はじつに美しく、かつ遊び心に満ちている。動物という人間にとっての他者は、純粋芸術から大衆芸術、限界芸術まで、幅広く行進していたわけだ。
2012/09/02(日)(福住廉)
「具体」ニッポンの前衛 18年の軌跡
会期:2012/07/04~2012/09/10
国立新美術館[東京都]
「具体」はあまりにも過剰に高く評価されているのではないか。戦後美術史に大きな足跡を残したこの前衛美術のグループを総覧した本展の意義は決して小さくない。けれども、18年にも及ぶ長大な美術運動の軌跡を見ていくと、そこには明らかに前衛美術の典型的な変転の過程が垣間見える。すなわち、ラディカリズムからマンネリズムに、ストリートのアクションから美術館のアートに、そしてわけのわからない表現からわけのわかる絵画に。とりわけミシェル・タピエの「お墨付き」を貰って以後、「具体」の作品が軒並み絵画に収斂していく様子は、なんとも物悲しく、やるせない気持ちになる。「これまでなかったものをつくれ」という吉原治良の野心的なテーゼが、「絵画」という既存の枠組みにからめとられ、飼いならされていく過程が手に取るようにわかるからだ。だが、多くの前衛美術家たちが、アナーキーで破壊的な表現活動に邁進しながらも、ある一定の年齢になると、ほとんどが絵描きに回帰していることを考えると、この変転は「具体」の特異性というより、前衛美術運動に共通する一般性なのだろう。むしろ、この変転のプロセスを解散もしないまま運動として持続しながら体現したところに、「具体」ならではの特殊性があるのかもしれない。
2012/09/03(月)(福住廉)
近代洋画の開拓者 高橋由一 展
会期:2012/09/07~2012/10/21
京都国立近代美術館[京都府]
高橋由一の作品のなかで、私が一番好きなのは豆腐の絵だ。最初は実物ではなく雑誌の画像で知ったのだが、その際の驚きはいまでも鮮明に覚えている。「なんだこの変てこりんな絵は」「油絵で豆腐を書いてどうするんだ」。正直に告白すると、当時の私は彼の作品をキワモノ扱いしていたのだ。その後何年かが経ち、香川県の金刀比羅宮で実物の《豆腐》を見ることができた。由一独特のごつごつした質感表現で描かれた豆腐には並々ならぬ存在感があり、彼が目指していたリアルと現代のわれわれのリアルには触覚と視覚ほどの違いがあることにやっと気付いた次第だ。本展では、《鮭》や《花魁》などの代表作はもちろん、道路改修を記念した画帖や油絵以前に幕府の開成所で描いていた動植物の図譜が見られたことが収穫だった。また、記者発表時に学芸員が話した「由一は侍だったので、絵で藩や国に仕えようとしたのではないか」との指摘も作品理解に役立った。本展により、私のなかの高橋由一像が、ほんの少しだが明瞭になったように思う。
2012/09/06(木)(小吹隆文)