artscapeレビュー
2012年10月01日号のレビュー/プレビュー
切り絵を魅せる──福井利佐の世界
会期:2012.08.04~2012.09.17
駿府博物館[静岡県]
黒い紙に下書きを重ねてカッターでこつこつと切り抜いていくという点では伝統的な切り絵の手法と変わりないのだが、福井利佐の手によって切り出されるイメージは伝統的なそれとは趣を異にする。モチーフの違いもあるが、それはたいした問題ではない。伝統的な切り絵で思い出されるのは、イメージの輪郭、あるいは光と影の関係を黒と白のコントラストで様式化した平面的な作品であろう。これに対して福井利佐が黒い紙に切り出していくのは面というよりは線。それも無数の線が互いに絡み合い、ワイヤーフレームのように立体的なイメージを浮かび上がらせる。絡み合った線は同時に画面に動きをもたらす。
作品発表の場は幅広い。それ自体が完結した作品である場合もあれば、小説の挿絵であったり、Tシャツやスニーカー、CDジャケットのデザインであったり、実写の写真とのコラボレーションがあり、アニメーションにも登場する。独自の表現に伝統的な技法を応用したと考えればわかりやすいかもしれないが、他方で中学生のころから切り絵に親しんでいことや、同じ静岡出身の型染作家芹沢銈介の作品に学んだということを聞くと、表現と技法は不可分に展開してきたのであろうか。9月末からはドイツ・ミュンヘンで個展が開催されるとのこと。型染で思い出されるのは欧米のジャポニスムへの影響である。明治期に日本から型染の型紙が大量に輸出され、その文様がヨーロッパの人々を魅了し、彼らのデザインに大きな影響を与えた 。型染にもつながる日本の伝統的な手法と独自のスタイルをミックスした福井利佐の作品は、きっとミュンヘンでも大きな反響を呼ぶに違いない。[新川徳彦]
2012/09/16(日)(SYNK)
フィンランドのくらしとデザイン──ムーミンが住む森の生活
会期:2012.09.01~2012.10.08
静岡市美術館[静岡県]
スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、アイスランドのいわゆる北欧諸国のデザインは、戦後共同して戦略的に売り出されたこともあり、各国の独自性よりも共通性をもって語られることが多い。『世界デザイン史』(美術出版社、1994)ではその共通性を「ヨーロッパ中央部の早くから高度に工業化した大量生産の国々と違って、伝統的な民族の手工芸を重んじ、あたたかい人間味のある、豊かな自然の恩恵によるクラフト的な製品を生産してきている」と解説する(149頁)。こうした共通項を生み出しているのは、気候や地理的条件と、バルト海を中心とする商業的な繋がりであろう。他方で当然のことながら各国には独自の歴史がある。北欧諸国のデザインのなかに違いを見出そうとするならば、それぞれの歴史を振り返る必要がある。
「森と湖の国」と呼ばれるフィンランドは、1155年から1809年まではスウェーデンの、1809年から1917年まではロシアの支配下にあり、独立国家としての歴史はまだ100年に満たない。スウェーデンから分離したあと、19世紀のフィンランドでは国家のアイデンティティを求める動きが盛んになり、そうしたなかで見出されたのが民族叙事詩といわれる『カレワラ』である。医師エリアス・リョンロート(1802-1884)がフィンランド各地を巡って蒐集した神話や詩歌、民話で構成される『カレワラ』が19世紀半ばに出版されると、画家や建築家、作曲家たちがこれを題材に多くの作品を生み出した。フィンランドのデザインを主題とするこの展覧会が19世紀にまで遡り、デザインばかりではなくアートや建築まで紹介しているのは、フィンランドの芸術やデザインの背景には地理的条件によって生み出された生活スタイルと同時に、民族的アイデンティティが存在することを示そうという試みゆえである。ただ戦後のフィンランドデザインが世界に受け入れられた理由は、国家のアイデンティティからは理解しづらく、外側から見たフィンランドデザインという視点も欲しいところである。
展示は国民的画家といわれるガレン=カレラ(1865-1931)らが描いたフィンランドの風景からはじまり、『カレワラ』の世界とそれに着想を得た芸術作品が紹介される。会場中央にはトーベ・ヤンソンとムーミンのコーナーがあり、カレワラとフィンランドの生活との関係を示す。戦後のデザインとしては、アルヴァ・アアルト、カイ・フランク、マリメッコ社が生み出した食器や家具、照明器具、テキスタイルデザインが展示される。フィンランドの戦後デザインに特徴的なことは、半世紀も前のデザインが改良されながらもつくられ続けている点にあろう。もともとの企業は合併吸収されて現存しなくても、ブランドやデザインがそのまま継承されている例が多い。こうしたブランドのあり方には私たちも学ぶ点が多くあると思う。オリジナルデザインと現行品とを対比した展示も興味深く、また会場にはアアルトがデザインした照明器具が実際に用いられ、座り心地を試すことができる椅子も置かれている。展覧会の案内役も務めるムーミンの集客効果もあろうが、デザインをタイトルに冠した展覧会にもかかわらず、年配の方から若い家族連れまで、世代を超えた多くの人々が訪れていた点はフィンランドデザインの普遍的な人気を物語っているようで、とても印象的であった。
本展は長崎県美術館(2012/10/19~12/24)、兵庫県立美術館(2013/1/10~3/10)に巡回する。[新川徳彦]
2012/09/16(金)(SYNK)
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012
会期:2012/07/29~2012/09/17
十日町市、津南町一帯[新潟県]
5回目を迎えた妻有のトリエンナーレ。海外の著名なアーティストを招聘することより、地域に入り込んで持続的な表現活動に取り組むアーティストを重視しつつあることや、芸術祭のなかで特定のテーマに絞った展覧会を開催するなど、ここ数年で成熟期に入ったように見受けられる。ボルタンスキーの《最後の教室》やタレルの《光の家》、日大芸術学部彫刻コース有志による《脱皮する家》など、定番の作品が充実してきたことも大きい。
今回の見どころとしては、まずボルタンスキーの《No Man’s Land》が挙げられるが、古着の物量は確かにすさまじいものの、それらが集積した山を枠組みで底上げしているのが見え見えで、いくぶん感動が薄れてしまったことは否めない。とはいえ、夕闇のなかで乗降を繰り返すクレーンの姿は、ラウル・セルヴェのアニメーションのようで、非常に印象的だった。
新鮮な感動を覚えたのは、リクリット・ティーラヴァニットの《カレーノーカレー》。カレーで国際的なアートシーンに登り詰めたアーティストとして知られているが、正直その味にはさほど期待していなかった。ところがタイカレーをベースに、妻有の食材をふんだんに取り入れたカレーは、ほっぺたが落ちるほどのうまさ。地の野菜を使ったピクルスを開発するなど、スタッフの献身的な働きも手伝って、みごとな料理に仕上がっていて驚いた。これはもはや作家本人というより、むしろ実働するスタッフの作品として評価したい。
さらに、土をテーマとした《もぐらの館》も、大変クオリティの高い展覧会だった。閉校した小学校を会場に、美術家と左官職人、陶芸家、写真家、土壌研究者による作品が展示されたが、全体のテーマが非常に明快なうえ、それぞれの空間が巧みにメリハリをつけられており、土の質感や色、成分、働きなどについて楽しみながら体感することができた。これは、本展を企画した坂井基樹の手腕によるところが大きいのだろう。
「カレー」と「土」に共通しているのは、いずれもそのおもしろさがアーティストの手から遠く離れたところで生まれているということだ。これをアーティストの役割の退化と考えるのか、それともアートそのものの進化ととらえるのか。世界でも類例が見られない地域型の国際展は、なかなかおもしろい展開をしている。
2012/09/17(月)(福住廉)
プレビュー:宮永愛子 なかそら─空中空─
会期:2012/10/13~2012/12/24
国立国際美術館[大阪府]
常温で昇華するナフタリンで靴などのオブジェを制作し、戻ることのない時間の流れをシンボリックに表現する宮永愛子。本展では、それら時間と共に移ろいゆく作品や、金木犀の葉脈を用いた巨大な布状の作品《景色のはじまり》(2011)、そして新作を発現する。なお、展覧会タイトルの「なかそら」とは、古語の「なかぞら(=どっちつかずで心が落ち着かない状態の意)」と類似する造語で、彼女の作品の核心を示している。
2012/09/20(木)(小吹隆文)
プレビュー:鉄道芸術祭VOL.2 やなぎみわプロデュース「駅の劇場」
会期:2012/10/13~2012/12/24
アートエリアB1[大阪府]
京阪電鉄「なにわ橋駅」のコンコース内に位置するという、ユニークな場所性を持つアートエリアB1。その特性とポテンシャルを最大限に引き出すべく開催されるのが、この「鉄道芸術祭」だ。2010年のvol.0では鳥瞰図絵師・吉田初三郎の沿線案内図や鉄道の記録映像が展示され、昨年のvol.1ではゲストアーティストの西野達やその他のアーティストらにより、沿線施設を巻き込んだ独創的な企画が行われた。今年のvol.2ではメインアーティストとしてやなぎみわを招き、19世紀ヨーロッパで流行した「パノラマ館」をベースにした舞台装置を構築。やなぎの「案内嬢プロジェクト」や演劇公演が行なわれるほか、劇団「維新派」の松本雄吉、劇作家・演出家のあごうさとしらによるパフォーマンスやトークが行なわれる。特異なロケーションを生かした飛びきり個性的な芸術表現の誕生を期待したい。
2012/09/20(木)(小吹隆文)