artscapeレビュー

2013年07月15日号のレビュー/プレビュー

レオナール・フジタとパリ 1913-1931

会期:2013/04/20~2013/06/23

静岡市美術館[静岡県]

静岡市美術館「レオナール・フジタとパリ1913-1931」展を見る。近年、彼の戦争画が再評価されているが、この企画では、いわゆる乳白色のスタイル以前の、パリ渡航前や渡航後のデビュー時など、藤田の初期作品を紹介する。古今東西のさまざまなスタイルを器用に吸収し、ミックスし、異国でどうアピールするかを計算しており、なかなか戦略的だと思う。実際、彼がルーブルでエジプト美術を研究したり、同時代のアーティストのさまざまな手法をパロディ的に再現するドローイングを描いていたことも紹介されていた。

2013/06/16(日)(五十嵐太郎)

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北野謙『our face: Asia』

発行所:青幻舎

発行日:2013年4月26日

「ショッピングセンター前に作られた特設野外映画場で映画を観る31人を重ねた肖像(主に建設現場で働く出稼ぎ労働者)」(中国北京市、2009)、「日本のアニメのコスプレをする少女34人を重ねた肖像」(台湾台北市、2009)、「原宿の少女43人を重ねた肖像」(東京都原宿、2000~2002)、「2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故後、脱原発の声をあげる25人を重ねた肖像」(東京都代々木公園、首相官邸前、2012)──写真集におさめられた1枚目から4枚目までの作品のタイトルを書き抜いてみた。北野謙が「our face」のシリーズを撮り進めるプロセスの、愚直なほど生真面目で丁寧な姿勢が、これらのキャプションからも伝わってくるのではないだろうか。トルコからインドネシアまで、アジア11カ国53都市を1999年以来15年にわたって回り、数千人以上の人々に声をかけてポートレートを撮影し、印画紙に焼き付けていく。気が遠くなるほどの労作であり、133点の作品がおさめられた写真集のページをめくっていると、彼が費やした時間の厚みが凝縮して、壁のように立ち上がってくるように感じてしまう。
北野が採用したフォトモンタージュによる集合ポートレートは、19世紀以来人類学や犯罪者の調査のために使われてきた手法だった。ある集団に共通する身体的な特徴を、モンタージュ写真から抽出するために用いられたのだ。ところが北野のこのシリーズには、それらの写真を見るときに感じる不気味さ、禍々しさ、威圧感などがあまりない。たしかに集団の一人ひとりの個性は、写真の中に溶け込み、一体化しているのだが、そこにはある種の安らぎや信頼が芽生えてきているように思えるのだ。プロジェクトを開始してすぐに撮影した千葉県鴨川の漁師さんが、自分たちの写真を見て「これは俺たちの顔だよ」といったのだという。写真を「俺たちの顔」つまり「our faces」ではなく「our face」にしていくためにこそ、北野は全精力を傾けている。その強い思いが、モデルになる人々一人ひとりにも、きちんと伝わっているのではないだろうか。

2013/06/18(火)(飯沢耕太郎)

近藤昌美「IRON PAINTING & OIL PAINTING OF NEW SERIES」

会期:2013/06/12~2013/07/07

HIGURE17-15cas[東京都]

1階は鉄板にラッカーなどで描いた「アイアン・ペインティング」、2階はカンヴァスの「オイル・ペインティング」。聞いただけだとヌルヌルテカテカ黒光りしてるマッチョな絵って感じだが、実際はマッチョではないけど、ドクロとか人型とかハトといった具象的なシルエットに、絵具の滴りや円錐形など抽象形態のレイヤーがかぶさり、多次元的光景を現出させている。でもどうせ鉄板に描くんだったらもっとヌルテカさせて、カンヴァスとは違う重厚感を見せつけてほしかった。

2013/06/21(金)(村田真)

横谷宣「森話」

会期:2013/06/05~2013/08/10

gallery bauhaus[東京都]

横谷宣がgallery bauhausで個展を開催したのは、2009年1月~2月だから、それからすでに4年以上が経っている。その間彼が何をしていたのかといえば、「印画紙を作っていた」のだという。前回の個展は口コミで評判を呼び、50点以上の作品が売れた。岡山在住の、ほとんど無名の写真家の展示としては、まったく異例のことといえる。横谷のセピア色にトーニングされたプリントは、調色、ニス塗りなどに時間がかかり、しかも水彩紙に乳剤を塗布した特殊な印画紙でしか焼けない。ところが、この印画紙が製造中止で手に入らなくなり、販売したプリントを制作するためには、自分で印画紙をつくるしかなくなってしまった。失敗を重ね、試行錯誤しているうちに4年以上の時間が過ぎてしまったというわけだ。いかにも徹底した完璧主義者の横谷らしいエピソードといえるだろう。
今回展示された「森話」のシリーズは、1点を除いてはすでに4年前にプリントが終わっていた作品だ。前回の「黙想録」は、手製のレンズを用いて、さまざまな被写体から、彼自身の「原風景」というべきイメージを抽出しようとする試みだった。それと比較すると、「森話」は1997年に3ケ月ほどの期間をかけて、東南アジアの国々で集中して撮影された写真群なので、シリーズとしてのまとまりがある。擬古典的なピクトリアリズムの再生に留まることなく、彼がその場所で感じとったリアリティを、できうるかぎり精密に定着していこうという志向は、このシリーズでも貫かれている。
ようやく印画紙製作という重荷から解放されたわけなので、横谷にはぜひ新作の発表を期待したい。一時の虚脱状態からようやく脱して、本格的に撮影にかかろうという意欲も湧いてきたようだ。次回の個展の開催時期は、少し早まるのではないだろうか。

2013/06/21(金)(飯沢耕太郎)

ソフィ・カル「最後のとき/最初のとき」

会期:2013/03/20~2013/06/30

原美術館[東京都]

原美術館のソフィ・カル「最後のとき/最初のとき」展を訪れる。1階は、生まれて初めて海を見る瞬間の、イスタンブールの人たちの映像。ここにその印象を語る言葉はない。振り向いた後の表情だけを示す。そして2階は、盲人たちに最後に見たイメージの記憶を語らせる。再現はできないが、そのイメージ写真と本人の肖像と文字の組み合わせが、想像力をかきたてる。いずれも表象の不可能性というべきものに肉迫しようとする作品だ。

2013/06/21(金)(五十嵐太郎)

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2013年07月15日号の
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