2018年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

2017年07月15日号のレビュー/プレビュー

したため#5『ディクテ』

会期:2017/06/22~2017/06/25

アトリエ劇研[京都府]

テレサ・ハッキョン・チャによる実験的なテクスト『ディクテ』(1982)は、演出家の松田正隆による舞台化や山田うんによるソロダンス作品など、身体と発語をめぐる俎上に幾度も載せられてきた。京都を拠点に、演出家の和田ながらが主宰する演劇ユニット「したため」は、台本を用いず、出演者への取材を元に言葉を構築する方法論から出発し、近年は、自由律俳句や小説など、戯曲でない(演劇の舞台を前提に書かれていない)テクストを上演する手法を試みている。前作『文字移植』では、日独の両言語で執筆する多和田葉子の同名小説を、「演劇」として上演した。「翻訳」の(不)可能性、言語の物質性、異言語の発話に伴う身体的苦痛、ポストコロニアルや男性中心主義への批評といった主題に対して、俳優の身体表現と声、舞台美術によって、テクストの密度を音響的・立体的に立ち上がらせることに成功していた。次なる挑戦として、『ディクテ』が選ばれたことは必然と言える。
『ディクテ』では、冷戦構造下で強まる韓国の軍政を逃れるため、家族とともに少女期にアメリカへ移住し、コリアン・ディアスポラとして二重化された生と言語を生きるチャ自身の苦痛に加えて、日本の植民地支配により母語を剥奪された母の世代の記憶が語られる。さらに、「朝鮮のジャンヌ・ダルク」と称される三・一独立運動の闘士ユ・グァンスンなど歴史的な女性の名前が召喚され、自伝的要素と世界史的な地平が交錯する。それらは通常の句読法を逸脱した詩的言語に加え、フランス語の書き取り練習(ディクテーション)、翻訳問題、カトリックの教義問答、映画の台本、手紙など多様な文体のコラージュで構成される。さらに、英語とフランス語に漢字やハングルが混じり、多言語が使用された、極めて多層的で異種混淆的なテクストである。
したためによる『ディクテ』では、前作同様、美術作家の林葵衣による舞台美術の力を活かし、テクストがはらむ複数の問題─とりわけ他者の言語によって身体を領有化される苦痛、発話主体の複数性・多重性─を、身体化された風景として可視化していた。俳優たちは、ちょうど顔の高さに張られた、半透明の薄い膜ごしに客席と相対するため、「顔」つまり明確な主体を特定できない匿名的な言葉として発せられる。異言語による侵犯と母語の禁止という二重の苦痛について語ろうとする行為は、発話行為の身体性や物質的側面を露わにする。半透明の膜に強く押し付けられ、くぐもる声。息の振動で震える膜。俳優たちは口を大きく開けたまま凝固し、聴こえない叫びが空間をこだまする。あるいは隣で話す者の口の動きが真似され、口々に発語する声の多重的な音響によって、発話主体が分裂し多重化していく。この傷を縫い閉じられるのか? いや、傷口は閉じられるどころか、「書き取りなさい」と命令する声に従い、文法問題の例文を復唱するいくつもの口によって、半透明の膜(おそらくオブラート)は舌で舐められて溶かされ、食い破られ、ボロボロに千切られていく。


撮影:守屋友樹


俳優たちは、荒野のように石ころが転がる空間の中を、石を口に咥えたままさ迷い歩く。容易に噛み砕けないそれは、声を封じ、重しとしてのしかかる沈黙の強制だが、一方で口に咥えた石は、親鳥がヒナに餌を与えるように、口移しで他の俳優へと渡される。言語は重荷であるが、母語(mother tongue)すなわち口から口へと継承され、分け与えられる存在でもある。また、秀逸だったのが、「わたし」「わたしたち」「あなた(たち)」「彼ら」「彼女」といった代名詞が多用される箇所で、発語された代名詞が、筆記体の英単語の連なりとして壁にチョークで書かれていくシーンだ。一本の線で途切れなく続く「i」「we」「you」「they」「she」は、切り分けられず連続性の下にあることを示す。だがそこに、照明の赤いラインが投射されることで、国境、民族、言語といった分断する線が浮かび上がる。


撮影:守屋友樹


「わたし/あなた/彼ら」として差異化する言葉がボーダーラインとして可視化されること。そこに、朝鮮戦争と軍政を契機に故国を離脱し、アメリカ国籍取得後、後年になって韓国を訪問した際に、「外国人」扱いされたチャの苦い経験が重なる(露骨な「身体検査」のシーン、とりわけ2人の男優に挟まれた女優がスカートをまくり上げられるシーンは、ジャンヌ・ダルクの「処女検査」を連想させ、性的な視線とともに女性の身体へ向けられる暴力を可視化する)。国籍の離脱と、故国で味わう差別。それは、「故郷を二度失う」体験である。「お母さん、禁じられた言語があなたの母語」「母語はあなたの隠れ家」とチャは母に呼びかける。満洲の朝鮮人集落へ日本語教師として赴任したチャの母もまた、母語=故郷を剥奪されて生きる者だった。
では、そうした母語=故郷の「二重の喪失」という傷を刻まれ、英語という他者の言語で書かれたテクストを、「日本語=母語」で発語する舞台は、「故郷としての母語」の内に安住したままではないのか? という矛盾・アポリアがここで露呈する。おそらくこの点が、『ディクテ』というテクストに対して、言葉を扱う「演劇作品」として対峙する際に立ちはだかる、最大のクリティカルポイントである。したための『ディクテ』は、「他者を体内に容れる」という身体的経験について俳優が実況的に話すという構造や発語主体の交換可能性の中に、一種のメタ演劇的な性格を有していた。だが、二重の喪失に抗って話す「膿みうずく苦痛」に対して、母語の内部という安全地帯に留まるのではなく、それを内側から食い破り、傷を付けて押し広げ、内破するだけの力を持っていたか? チャレンジングなテクストに挑んだからこそ、あえて批判を呈したいと思う。

2017/06/23(金)(高嶋慈)

TWSエマージング2017 第1期

会期:2017/06/10~2017/07/09

トーキョーワンダーサイト本郷[東京都]

黒石美奈子、黒田恭章、神祥子の3人。黒石は草花、山、人物などをモチーフにしたエッチング。というか、山や人物もびっしり植物パターンに覆われているので、モチーフは草花というべきか。女子像など体全体が草花模様なので、まるで刺青か皮膚病みたいでステキ。銅版画の道具の展示は余計だ。黒田は格子柄の織物を絵画のように見せている。もともとキャンバスは麻糸を縦横に編んだ織物であり、絵画とはその上に絵具で物語を紡ぎ出すものだとすれば、これは絵画のゼロ地点といえるかもしれない。長方形と正方形の織物パネル計5枚を組んだ4畳半絵画は陰陽も思わせる。
神は一見とても頼りなさそうな絵画を出しているが、そこで繰り広げられているのは「見る」「見える」という現象を巡る哲学的考察だ。頼りなさそうな絵といっても、例えば《明るい部屋》は、スタンドの明かりを消そうとする自分を正面の鏡に映し出し、その背後の窓ガラスに映る自分の背中も映し出している情景を描いたもの。鏡や窓という絵画のメタファーを用いながら、錯綜する空間構造を見る者に読み取らせるだけの技量は備えている。だけでなく、鏡や手前のテーブルの位置など画面の収め方も絶妙だ。絵のなかの鏡に映る自分の姿(自画像でもある)に手を触れようとする《ふれる》や、人らしき姿を映し出す両目の絵と映像によって、まぶたの裏の残像まで描き出そうとした《まばたき/あらわれ》も、頼りなさそうな絵であるがゆえに真実味を帯びている。これは期待しちゃう。

2017/06/23(金)(村田真)

のっぴきならない遊動:黒宮菜菜/二藤建人/若木くるみ

会期:2017/05/25~2017/07/02

京都芸術センター[京都府]

二藤建人は期待を裏切らないダイナミックな作品で、室内いっぱいにインスタレーションを行なう。黒宮菜菜は揺れるようなドローイングである。そして髪を剃って顔を描く、本当に体をはった若木くるみのボディ・キャンバスと、和室にそのままペイントした部屋が衝撃的だった(そして頭部の後や横に、別の顔が出現するイメージは怖くもある)。

写真:左上から=黒宮菜菜、二藤建人 右2枚=若木くるみ

2017/06/23(金)(五十嵐太郎)

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異郷のモダニズム─満洲写真全史─

会期:2017/04/29~2017/06/25

名古屋市美術館[愛知県]

1920年代~敗戦直後の四半世紀に「満洲」で展開された写真表現を検証する企画展。展示は5章から構成され、1920年代の「記録・啓蒙」、1930年代の作家主導による「芸術写真」、1940年代の官僚主導による「統制・プロパガンダ」という流れが提示される。
第I章では、〈満蒙印画協会〉を創設した写真家、櫻井一郎の精力的な仕事を紹介。1924年、大連で創刊された『満蒙印画輯』は、毎月10点の写真を解説付きで台紙に貼付し、購入者に届ける「写真頒布会」の制度により、各地の生活風俗、祭祀、寺院仏閣などの歴史的建造物、砂漠や山岳などの景観を記録し、内地に紹介した。その撮影範囲は満蒙(満洲と東モンゴル)から中国東部まで及び、砂漠、遊牧民、ラクダ、広大な大地といったイメージに加え、雲崗の石窟、三峡の景観、水都蘇州など、エキゾチシズムをかき立てる情景を精密なカメラアイで写し取っていった。毎月届けられるこれらの写真は、1年後にアルバムの表紙が送られて「写真集」が完成するというシステムからも、文化史・生活史の記録的価値とともに、領土獲得と一体となった「イメージの所有と収集」への欲望が伺える。
第II章では、櫻井の急死後、1928年に南満洲鉄道株式会社(満鉄)の弘報課嘱託として大連に渡った淵上白陽と、彼が1932年に組織した「満洲写真作家協会」のメンバーの写真が紹介される。1932年は「満洲国」建国と同年であり、翌年にはグラフ雑誌『満洲グラフ』が創刊された。大地を突き進む列車のスピード感を、印画紙をたわめて焼き付けた淵上の《列車驀進》は、今見ても斬新。また、さまざまな印画法を駆使して絵画的な質感や構図で表現するピクトリアリズム写真の実践は、農村の情景の牧歌的な理想化へと向けられた。ロシア革命と迫害を逃れて移住した白系ロシア人の村を撮影した写真群は、「ソ連批判」のメッセージを暗に担うが、異郷でつつましく暮らす人々への親密な眼差しが感じられる。また、工場や製鉄所といった近代産業建築が多く選ばれていることには、植民地経営の基幹のアピールとしての意味合いを含むが、建築的な構成美や煙と蒸気がもたらす光と影のドラマティックな効果を追求した画面は、政治的な意味合いをほとんど凌駕するほどに美しい。いや、むしろ「美」こそが、政治性を隠蔽する装置なのだ。
しかし、こうした写真表現としての実験的な視覚性の追求/国家と巨大資本による宣伝、という両者が通底しつつも拮抗する緊張感がはらむ美は、1940年代になると失速する。1940 年、官僚主導の下に「登録写真制度」が導入され、審査に通った写真家の登録という囲い込み/排除のシステムにより、国家的な統制が強まる。ピクトリアリズムや実験的な写真は否定され、表現としての強度も「主題」も平板化した「分かりやすい」写真が並んでいく。例えば、「民族の協和」といったイデオロギーの可視化、開拓移民の勤労などだ。また、欧米に倣って、洗練された誌面のグラフ雑誌が対外宣伝として多数刊行される。壁一面を覆い尽くす表紙の集合は圧巻だ。
そして、地下に降りた最終章の展示室で待ち受けるのが、打ち壊されて「廃墟」となった官庁舎、工場、製鉄所、発電所の姿である。これらはソ連軍による破壊と略奪の跡であり、敗戦後の日本の賠償能力について海外資産を調査するポーレー対日賠償調査団によって撮影された。米国国立公文書館が所蔵する報告書『ポーレー・ミッション・レポート』に添付された写真を大きく引き伸ばしたプリントも、破壊の衝撃を増幅する。大島渚の言を引けば「敗者は映像を持たない」ことの証左であるとともに、「ここにない」イメージ、つまり日本が大陸各地で行なった破壊行為のネガとしても顕現する。
こうした膨大な写真群を通して本展は、エキゾチシズムの表象、「芸術写真」の実験、プロパガンダの可視化、戦後処理の調査など、「満洲」という虚の空間において、複数の主体による要請がいかに駆動してイメージの可視化(と不在)を構成していたかを示していた。なお本展は、1994 年に同館で開催された「異郷のモダニズム 淵上白陽と満洲写真作家協会」展をバージョンアップした内容であり、第I章の『満蒙印画輯』と最終章の『ポーレー・ミッション・レポート』に収められた写真が新たに追加されている。アルバム状の印画集やアーカイヴの集合性の中から写真を取り出し、複写し、額装や引き伸ばしなどの手を加えて、美術館という凝視のための空間の中に置き換え、「作品」という自律的な単位の写真と並列的に並べること。そうした等価的な手続きをもって本展は、元の文脈からの切断というリスクを負いつつも、「資料」と「作品」への眼差しを均質的に均していこうとする意志でもって、「芸術性」を特権化することなく、満洲における写真実践を検証する姿勢を開いていた。

2017/06/24(土)(高嶋慈)

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「そこまでやるか」壮大なプロジェクト展

会期:2017/06/23~2017/10/01

21_21 DESIGN SIGHT[東京都]

チラシの表には写真がなく、数字が出ているだけ。いわく、「湖面を渡る100,000m2の布」(クリストとジャンヌ・クロード)、「連続制作時間96時間」(淺井裕介)、「500人が入れる風船」(ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ)……。湖面を渡る10万平方メートルの布というのは、昨年クリストとジャンヌ・クロードがイタリアのイセオ湖で実現させた《フローティング・ピアーズ(浮き桟橋)》というプロジェクトのこと。湖に浮かぶ島に行き来できるようにオレンジ色の布で覆った浮き桟橋を渡し、話題を呼んだ。規模の中途半端さや準備期間の短さなど、いささかクリストらしからぬプロジェクトだが、これが同展の目玉に据えられているところを見ると、むしろこのプロジェクトを紹介するために展覧会が企画されたのかもしれない。
クリストも含めて全部で8つのプロジェクトが紹介されているが、ホントに「そこまでやるか」なプロジェクトは、石上純也の「幅1.35m×高さ45mの教会」だ。数字で書いてもフーンだが、絵でも模型でもいいから視覚化してみれば、そのとんでもなさがわかるはず。底辺が1に対して高さが33.333……つまり1枚の壁が突っ立ってるようなもん。これが実際に中国山東省で進行中というから、「そこまでやるか」というより「そこまでやらせるか」と驚く。
ただこういう展覧会で残念なのは、クリストも石上もそうだが、作品の性質上実物を持ってくるのが不可能なため、プランや模型や映像による紹介に終わりがちなところ。それでも今回、淺井裕介は巨大壁画を、ヌーメン/フォー・ユースは透明テープを使ったコクーンを、ジョルジュ・ルースは錯視を応用したインスタレーションを、西野達は使用可能なカプセルホテルを、それぞれ館内で実現させている(ちなみに西野のキャッチコピーは「実現不可能性99%」だが?)。本展のディレクターは、建築からデザイン、アートまでこなすエディター・ライターの青野尚子さん。そこまでやったか。

2017/06/24(土)(村田真)

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2017年07月15日号の
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