2019年09月15日号
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artscapeレビュー

川田喜久治「日光─寓話」

2011年06月15日号

会期:2011/05/10~2011/06/25

フォト・ギャラリー・インターナショナル[東京都]

1959年、6人の写真家たちによって「VIVO」(エスペラント語で生命の意味)と名づけられたグループが結成された。東松照明、奈良原一高、川田喜久治、細江英公、佐藤明、丹野章の6人は、1925年生まれの丹野章を除いては、いずれも1930~33年生まれの写真家たちである。「VIVO」は1961年までの3年間という短い活動期間だったが、同時代及びそれ以降の写真家たちに決定的ともいえるような影響を及ぼした。日本の戦後写真史において、明確に個人の想像力の発現といえるような表現が成立するのは、彼らの登場が呼び水になったといえるだろう。
その「VIVO」の写真家たちも70歳代後半から80歳代になった。佐藤明は既に亡くなり、奈良原一高も長い闘病生活で制作活動ができない状態になっている。だが東松、川田、細江、丹野はまだまだ元気で、現役の写真家として写真展の開催や著書の刊行などの活動を展開している。特に川田はこのところ毎年のように新作展を開催しており、2010年度の日本写真協会年度賞を受賞するなど、その精力的な仕事ぶりには脱帽するしかない。1950~60年代にデビューした川田たちの世代の息の長さと肺活量の大きさは、その下の世代と比較してもやや異常なほどだ。
今回の川田の展示は、日本文化のバロック的な美意識の典型というべき日光をテーマにした新作である。ただ、メインとなる日光東照宮や華厳の滝の画像は1980年代に『藝術新潮』の取材で撮影したもので、それらをデジタル的に加工しつつ、新たに撮影したイメージと合成している。2000年代になって本格的にデジタル表現にチャレンジし始めてから、彼の作品はよりカオス的な流動性が強まっているように感じるが、今回のシリーズはその極致といえそうだ。特に画像の細部からわらわらと湧き出るように出現してくる龍、鳳凰、象、猿、猫などの幻獣たちが、見る者を過剰なエネルギーが渦巻く魔術的世界に引き込んでいく。川田はまた展覧会のテキストとして「日光─寓話」と題する文章を寄せているのだが、これもまた充分に一個の掌篇小説として読むことができるものだ。中井英夫や澁澤龍彦の系譜に連なる幻想譚を書き継いでいくのも面白いのではないだろうか。

2011/05/27(金)(飯沢耕太郎)

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