2019年07月15日号
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artscapeレビュー

FUKAIPRODUCE羽衣『耳のトンネル』

2012年04月01日号

会期:2012/03/09~2012/03/19

こまばアゴラ劇場[東京都]

女性主体の劇団による公演には、それ以外の大多数の演劇にはないなにかがあって、そこには演劇というものの通念をひっくり返す力が見え隠れしている。定型のフェミニズム的な批判意識を彼女たちに見ているというわけではない。ぼく個人の偏見なのかもしれないけれど、快快なり、バナナ学園純情乙女組なり、またこのFUKAIPRODUCE羽衣(作・演出・音楽は男性の糸井幸之介、でもプロデュースは深井順子で、彼女の磁力はとても強く舞台で作用している)なりを見ると、「ふざけているのか!」なんて思わされつつ、そんな思いこそ「正しい演劇」というよく考えればくだらないマッチョな規範意識に縛られているだけではと反省させられるくらい、驚くようなダイナミズムに圧倒させられることがよくある。藤田貴大(マームとジプシー)や柴幸男(ままごと)が戯曲で女性の生活を丁寧に扱いつつ、上演形式においては今日の演劇動向にきわめて「正しく」応答しているのと対照的に、彼女たちはそうした正しさとはほとんど無縁に、それよりも自分たちにとって大事なことを優先させている気がする。
 本作もまさにそんな作品で、深井曰く「がっつり系」の芝居は大声でオーバー・アクションの元気な演技。ミュージカル(レビュー)仕立ても手伝って観客は失笑と微笑で応じてしまう。こうした脱力は、観客に批評意識という武装態度の解除をうながしているようだ。物語は他愛ない。恐ろしいほどにあっけらかんと性(欲)が描かれる点で、その根底にあるのはしかし、母性的なものである。冒頭は、おっぱい吸いたい男子が赤子のようになると、女子も母のようになって自分の乳を捧げる。中盤には中学生の恋愛が描かれ、終盤には中年になった男の旅が描かれる。恋愛物語は「リア充」と称されバリアになりかねないが、最終的に母性的なものが充満していくことで、すべての人の癒しへ転換する。舞台にも本人役で登場していた深井の存在感こそ、なにより母性的なものを帯びていた。快快にもバナナ学園純情乙女組にも程度は違えども感じることなのだけれど、彼女たちの観客へ向けた歓待の態度は観客との「つながり」を強く望んでいるようだ。観客を強く抱き、一体化し、それによってなにをしようというのか、それはまだ見えない。

2012/03/12(月)(木村覚)

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