2019年11月15日号
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artscapeレビュー

山口晃 展 望郷

2012年04月01日号

会期:2012/02/11~2012/05/13

メゾンエルメス8階フォーラム[東京都]

震災の影響を受けたアーティストは多いが、それを作品に反映させるアーティストは少ない。それは私たちが震災に衝撃を受けながらも、そのことを普段の生活にあえて表面化させない身ぶりと似ているのかもしれない。だが、アーティストと自称するのであれば、凡人とは異なる才覚や感性を見せてもらいたいと願うのもまた、凡人ならではの中庸な考え方である。
今回の個展で山口晃は、ストレートな表現を卑下して、へんにひねりを効かせがちな現代美術の作法とは対照的に、それをじつに素直に、一切隠すことなく詳らかに見せているが、そこに、彼が類い稀なアーティストである所以を垣間見たような気がした。展示されたのは、真っ黒に塗られた電柱の列と傾いた部屋のインスタレーション、そして東京をおなじみの俯瞰で描いた大きな襖絵である。黒い電柱はあの恐るべき黒い津波を、傾いた部屋は地震によって揺るがされて均衡を失った都市生活を、それぞれ暗喩していたようだし、制作途中のためだろうか、色がない襖絵にも、高層ビルに匹敵するほど巨大な防潮堤が描かれている。空前の大震災を前に、激しく狼狽する山口自身の姿が透けて見えるようだ。
制作途中のため予断は許されないが、さしあたりアイロニーとユーモアが大きく欠落しているところも、今回の大きな特徴である。山口晃といえば、過去と現在と未来が融合した都市風景を香味の効いた皮肉と小さな笑いによって描き出す絵描きとして語られることが多いが、今回の襖絵には、そのような遊び心に満ちた要素が、いまのところ一切見当たらない。ただ淡々と、想像的な建築様式とともに東京の街並みを描いているような印象なのだ。
この劇的な変化は、疲弊した都市をゼロから組み立てなおす意気込みの現われなのだろうか。それとも、これまで山口が描いてきたフィクションとしての夢物語が現実的な到達目標に見えてしまうほど、現実が想像に肉迫してしまった事態への戸惑いなのだろうか。あるいはもっと別の何かなのか。その答えはまだ見つかっていない。

2012/03/08(木)(福住廉)

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