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artscapeレビュー

VOCA展2012

2012年04月01日号

会期:2012/03/15~2012/03/30

上野の森美術館[東京都]

19回目を迎えたVOCA展。特定の様式や流行に収斂しがたいほど多様な平面作品をそろえた展観は例年とあまり変わらない。けれども例年以上に気になったのは、全体的に作品のサイズがあまりにも大きすぎるのではないかということ。出品規定の限界ぎりぎりまで巨大化させたような作品が数多く、その大半が必ずしも功を奏していないように見受けられた。
たとえば、桑久保徹。例によって海岸の夢幻的な光景を描いた油絵を発表したが、壁面を埋めるほど巨大なそれは、2点の作品をひとつにまとめて額装したものだという。たしかにサイズの迫力は認められるものの、桑久保の他の作品と比べると、画面の構成が粗く、全体的に大味すぎる。絵具の塗り重ねも単調で、何より桑久保絵画の真骨頂ともいえる艶やかな光沢感がまったく失われていた。そこに震災の影を見出すことはできるにしても、これはやはり支持体のサイズが大きすぎるがゆえに、肝心の絵が間延びしてしまったのではないかと思えてならない。桑久保が描いた六本木トンネルの壁画にも同じような粗い印象を覚えることを、例証として挙げておきたい。
さらに、ボールペンを塗りつぶす椛田ちひろの作品は、縦方向に3点展示されていたが、これも出品作品がそれぞれ空間を食い合っているため、次善の策として垂直方向に伸ばしているように見えて仕方がない。桑久保も椛田も、横浜市市民ギャラリーあざみ野の「いま描くということ」展に出品していたが、ここでの展示が抜群に優れていたことが、そのように見させてしまったのかもしれない。
しかし、作品の形式としての大きさと内容が必ずしも合致せず、むしろその矛盾が露わになっていることは、多くの来場者の支持を集めていたワタリドリ計画(麻生知子・武内明子)の作品にも該当するように思われる。日本全国を旅しながら各地で撮影した白黒写真を油彩で着色した絵葉書の作品だが、その活動を報告する「ワタリドリ通信」は本来A5版の印刷物であるにもかかわらず、会場にはそれらをひとつにまとめた手書きの大きな「絵画」が展示されていた。活動を手短に紹介するダイジェスト版としては有効なのかもしれない。だが、彼女たちの全国行脚を伝えるメディアはあくまでも「印刷物としての平面」であり、「絵画としての平面」ではなかったはずだ。つまり彼女たちが選び取ったマテリアルは、「絵葉書」と「印刷物」という私たちの身体にきわめて近い(裏返して言えば、「絵画」や「芸術」からは程遠い)、それゆえ本来的に私たちの文字どおり手の中に収まるサイズだったのだ。それを、無理やり身体から引き離し、「絵画」や「芸術」として仕立て上げることを余儀なくされるところに、同時代を生きるアーティストにとっての「平面」のリアリティがある。
VOCA展が「絵画」や「芸術」に拘泥することは、もはやさほど大きな問題ではない。肝心なのは、それらとの偏差によって同時代のリアリティをその都度計測することである。

2012/03/18(日)(福住廉)

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