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細密工芸の華 根付と提げ物

2016年05月15日号

会期:2016/04/02~2016/07/03

たばこと塩の博物館[東京都]

根付とは、印籠や煙草入れ、巾着を帯から提げるための留め具。おもに木や象牙を材料にしながら動物や神獣、霊獣、植物、妖怪などを主題に造形された。提げ物の先端に取りつけるため、大きすぎず小さすぎず、手のひらに収まるサイズのものが多い。とりわけ江戸時代の文化文政(1804-1830)の頃に全盛を迎えたが、その後は和装や提げ物の衰退に伴い徐々に庶民の日常生活から姿を消していった。
本展は、約370点の根付を中心に、印籠や煙草入れなどの提げ物、関連資料などを一挙に展示したもの。同館がかつて企画した「小林礫斎 手のひらの中の美~技を極めた繊巧美術~」展(2010-2011)ほどの衝撃は見受けられなかったにせよ、それでも繊細で巧みな技術と、それによって醸し出されるある種の情緒、あるいは初見の人を驚かせる機知など、いわゆる明治工芸に通底する特質を存分に堪能できる展観である。
おびただしい数の根付を通覧して気づかされるのは、その周縁性。根付は現在では美術品ないしは工芸品として評価されているが、本来的には実用品である。いや、より正確に言えば、実用性と装飾性を同時に兼ね備えた両義的な特質こそ、根付本来の価値と言えよう。おそらく、そうした両義性が美術でもなく工芸でもなく、しかし美術にも工芸にもなりうるような、微妙な立ち位置に根付を追いやったのだろう。根付とは、言ってみれば、ジャンルとジャンルの狭間にあって、双方をつなぎ合わせる「のりしろ」なのだ。
しかし、だからといって、根付は二次的で副次的な造形物にすぎないわけではない。そのように見させてしまうとすれば、それは「絵画」や「彫刻」といった近代的なジャンルの内側に視線があるからにほかならない。だが本展の会場を埋め尽くした大量の根付は、そうした近代的色眼鏡による偏った見方を一掃してしまう。印籠に蒔絵や螺鈿など漆芸の技術がふんだんに取り込まれているように、根付はある種の総合芸術であることが理解できるからだ。それは制作の行程が長いばかりか、材料も技法も多岐にわたっており、その豊かな多様性が素材や技法によって細かく分類される近代的な美術工芸の論理には馴染まないのである。
思えば、近代日本は西洋に由来する「美術」を盛んに輸入した一方、江戸に由来する明治工芸を気前よく輸出してしまった。「美術」を手に入れた代わりに、私たちはいったい何を失ったのか。根付の醍醐味が「手に持って愛でることで(根付が)優品に育っていく。愛でる側は幸福感や癒しを得て愛着が湧いてくる」(駒田牧子『根付 NETSUKE』角川ソフィア文庫、2015、p.64)ことにあるとすれば、今後の私たちが取り戻すべきなのは、そのような造形と人とのあいだの親密な距離感ではなかろうか。

2016/04/03(日)(福住廉)

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