artscapeレビュー
稲越功一「心の眼」
2009年10月15日号
会期:2009/08/20~2009/10/12
東京都写真美術館 地下1階展示室[東京都]
北島敬三展と同時期に、同じ東京都写真美術館で稲越功一の展覧会が開催されているのが興味深かった。稲越といえば有名女優のポートレートや広告・ファッション系の写真家というイメージが強いが、実はシリアスなスナップショットの写真集も、デビュー作の『Maybe, maybe』(1971)以来何冊も出している。今回の展示は『meet again』(1973)、『記憶都市』(1987)、『Ailleurs』(1993)など、それらの代表作約130点を集成した展示である。
北島と比較すると、いかにも古風な佇まいのスナップショットであり、ここには明らかに自己─カメラ─世界の構造が明確に透けて見える。彼がどの位置に立っているのか、どんな「心の眼」で世界に視線を送っていたのかがすんなりと見えてくるのだ。稲越の好みの立ち位置は、くっきりとした手応えを備えた事物の世界と、不分明で曖昧な現象の世界とのちょうど境目のあたりらしい。近作になればなるほど、ぼんやりとした、何が写っているのか見境がつかないような濃いグレーのゾーンが、画面全体を覆いつくすようになってくる。その正体を彼自身も見きわめようとしていた様子がうかがえるが、残念なことに今年2月に急逝してしまった。「写真家・稲越功一」の像にようやくきちんとフォーカスが合ってきた矢先だったので、無念だっただろう。デビュー写真集の出版元だった求龍堂から、展覧会にあわせて瀟洒な造本の同名の写真集も出ている。
2009/09/05(土)(飯沢耕太郎)