artscapeレビュー
トヨダヒトシ『NAZUNA』
2009年10月15日号
会期:2009/09/11
横須賀美術館[神奈川県]
ニューヨーク在住のトヨダヒトシは、スライドショーでしか作品を発表しない写真家。日々撮影した映像を一枚ずつ、等間隔で映し出すだけで、音楽等は一切使わない。ただし時折短い言葉(思考の断片、登場人物のプロフィールなど)が挟み込まれる。そのような上映が80~90分も続くというと、退屈するのではないかと思われるかもしれないが、まったくそんなことはない。僕は彼のスライドショーを3~4回見ているのだが、いつもその流れに引き込まれ、彼の眼差しと同化して満ち足りた時間を過ごす。あえて写真集やDVDなどに作品を収録して公表することを避けているので、まだ「知る人ぞ知る」の存在だが、それでも少しずつトヨダの名前は知られてきている。映像の選択と構成に、紛れもなく独特のセンスがあり、一度見ると癖になってしまうところがあるのだ。
今回、横須賀美術館の中庭にスクリーンを立てて上映された『NAZUNA』は2005年の作品。チラシによれば以下のような内容である。
9.11.01/うろたえたNY/11年振りの秋の東京を訪れた/日本のアーミッシュの村へ/アフガニスタンへの空爆は続く/ただ、/やがて来た春/長くなる滞在/写真に撮ったこと、撮らなかったこと、撮れなかったこと/白く小さな/東京/秋/雨/見続けること
そこには時代や歴史を動かしていく流れがあり、永遠に変わらないような暮らしがあり、かかわりの深い人間の生と死があり、それらを包み込む自然や季節の変化がある。トヨダのスライドの中には、同時発生的に生成/消滅していく、複数の生と死のシステムが組み込まれており、カシャ、カシャという微かな音ととともに、それらが闇に一瞬浮かび上がって、移り変わっていくのだ。「見続けること」という小さな、だが強い思いは、スライドを見ていくうちにごく自然に観客に共有されていくようだった。トヨダの作品については、言葉で解説するのはとてもむずかしいので、ぜひ機会があったらスライドショーに足を運んでほしい。
なお、タイトルの「NAZUNA」は、「よく見ればなずな花咲く垣根かな」という芭蕉の句からとられている。9月12日には同じ会場でトヨダの別の作品『spoonfulriver』(2007)、13日には『An Elephant’s Tail』(1999)も上映された。
2009/09/11(金)(飯沢耕太郎)