2020年10月15日号
次回11月2日更新予定

artscapeレビュー

2013年10月15日号のレビュー/プレビュー

西村浩《岩見沢複合駅舎》(2009)

[北海道]

西村浩が設計した岩見沢の駅舎へ。デザインは思っていた以上にシャープな現代建築だった。が、何よりも駅と共同体の記憶を継承しつつ、しかもさまざまなアクティビティを誘発しながら、市民にちゃんと使われてる実態が素晴らしい。写真ではよさがすべて伝わらないが、グッドデザイン賞の大賞や日本建築学会賞(作品賞)も納得である。各地の駅舎が少しずつでもこうした空間の質を獲得すると、日本はもっと豊かになるだろう。

2013/09/05(木)(五十嵐太郎)

《野外博物館 北海道開拓の村》(1983)

[北海道札幌市厚別区]

北海道の近代建築を移築し、集めた野外博物館の《北海道開拓の村》を散策した。ヴァナキュラーな建築群からは強い地域性が感じられ、明治村、民家園、江戸東京たてもの園とは違う雰囲気をかもしだしている。特にいわゆる様式建築に所属しない、開拓小屋、旧平造材部飯場、炭焼小屋などは、スタイルの呪縛が一切ない分、せざるをえなかった素材や構造による造形が圧倒的にユニークだ。もうひとつの近代を目撃したような感じがする。

写真:上=開拓小屋、下=旧平造材部飯場

2013/09/05(木)(五十嵐太郎)

井口健、久米建築事務所《北海道百年記念塔》(1970)/佐藤武夫設計事務所(現・佐藤総合計画)《北海道開拓記念館》(1971)

[北海道]

《北海道百年記念塔》へ。開拓事業の一環となるコンペで井口健が選ばれ、1970年に竣工したものである。高さは100mだが、都心でもなんでもないこのエリアでは、とんでもない大きさのタワーで、遠く電車で移動中の線路の上からもよく見える。森林公園の水平の広がりと一点集中の垂直が対照的だ。モエレ沼公園にも通じる日本離れしたスケール感である。続いて佐藤武夫による《北海道開拓記念館》へ。これも煉瓦貼りながら、列柱が並ぶ巨大なモニュメンタル建築だ。屋上からは、遠くに札幌ドームも見える。展示は、先史時代、アイヌ、蝦夷、開拓、酪農と工業、そして戦後の高度成長と続くが、本州とは違う視点で、北海道という特殊名場から見た「日本」近代の歴史をたどることができる。

写真:上=《北海道百年記念塔》、下=《北海道開拓記念館》

2013/09/05(木)(五十嵐太郎)

モローとルオー──聖なるものの継承と変容

会期:2013/09/07~2013/12/10

汐留ミュージアム[東京都]

モローとルオー、名前の響きは似ているけれど、19世紀の耽美な象徴主義者と20世紀の激しい表現主義者とでは、少なくとも絵画上のつながりはまったく感じられない。だから彼らが師弟関係にあると聞いたとき、きっとモローは反面教師だったに違いない(ルオーが反抗学生でもいい)と信じたものだが、事実はまったく逆で、この展覧会でも明らかにされてるようにふたりは深い師弟愛で結ばれていたという。モローが晩年パリのエコール・デ・ボザールで教えていたとき、一番の愛弟子がルオーだった。師弟の信頼は厚く、ルオーは師の没後に開館したモロー美術館の初代館長を30年近く務めてもいる。モロー自身は宗教画や神話画にこだわり続けていたが、新しい絵画動向にも理解があったようで、晩年の「エボシュ」と呼ばれるエスキースはほとんど抽象表現主義といっていいくらいだ。同展ではモローのフトコロの深さばかりに目が行き、ルオー作品はそのための参考作品に甘んじていると感じるのは私のひいき目か。

2013/09/06(金)(村田真)

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大西みつぐ「物語」

会期:2013/09/02~2013/09/08

銀座奥野ビル三〇六号室[東京都]

東京都中央区銀座1丁目の奥野ビルは、1932(昭和7)年竣工という古い建物。戦前はモダンな文化人たちが住むアパートだった。その三〇六号室に、やはり戦前から「スダ美容室」が営業していた。店主の老齢化とともに、昭和60年代に廃業したが、その後も住居として使用されていたという。「銀座奥野ビル三〇六号室プロジェクト」は、その部屋をそのまま維持しつつ活用することを目的として、何人かの有志によって運営されている。美容院時代に使われていたという丸い鏡だけでなく、剥落しかけた壁や壁紙の一部などもそのまま残され、往時の面影を留めている。
大西みつぐは、その三〇六号室の雰囲気をそのまま活かしつつ、いろいろな素材を持ち込んでインスタレーションを試みた。ラジオからは、甘いオールデイズの曲が流れ、古写真が棚や床に散らばり、書棚には古い『平凡』が薄明かりに照らし出されている。今回は自作の写真ではなく、ウィーン辺りで撮影されたとおぼしき交通事故の記録写真を「森山大道の『アクシデント』ばりに」複写して、コントラストを強くプリントしたパネルなども展示していた。部屋から引き出され、形をとっていった「物語」を、その固有の空間に凝固させ、併せてそこを訪れる観客の記憶と重ね合わせていくという大西の試みは、さらなる可能性を孕んでいるのではないだろうか。
この三〇六号室では、以前、今道子も作品を展示したことがあった。その時は三〇六号室で撮影した写真を、同じ部屋に飾るという試みだった。この部屋と写真とはとても相性がいいので、誰かほかの写真家の展覧会も見てみたいと思っている。

2013/09/06(金)(飯沢耕太郎)

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