2020年10月15日号
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artscapeレビュー

2013年10月15日号のレビュー/プレビュー

中谷宇吉郎の森羅万象帖 展

会期:2013/09/02~2013/11/23

LIXILギャラリー[東京都]

寺田寅彦や中谷宇吉郎らの著作は理系だけでなく、文系にもウケがいい。文系のほうがウケがいい、というべきか。しかしもっともウケがいいのは、もっとも非合理的な芸術系の人たちではないかしら。なぜなら科学も芸術も想像力を最重視するからだ。彼の研究した雪の結晶や放電現象などは、視覚的にもイマジネーションを刺激してやまない。実際、雪の結晶は曽根裕が作品化しているし、放電現象も杉本博司が写真にしているし。まるで現代美術の虎の巻。

2013/09/14(土)(村田真)

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あいちトリエンナーレ2013 パブリック・プログラム スポットライト「青木淳×杉戸洋(スパイダース)」

名古屋市美術館 2階講堂[愛知県]

名古屋市美術館にて、青木淳と杉戸洋のトークが行なわれた。青木は、モダニズムおける軸線の手法とポストモダンの断片化を、ミケランジェロとピラネージに対応させつつ説明し、今回のプロジェクトで名古屋市美術館の断片化された軸線を縫いなおすような試みを説明する。また初期案から最終案までの変遷も詳しく紹介した。2人の間で濃密なビジュアル・コミュニケーションを通じて、さまざまなツッコミと修正がなされ、単独名義ではなく、スパイダースという共同名義に至った理由がよくわかる。論理的で分析的な青木に対し、感覚的で天才的な杉戸。2階のカラフルな空間インスタレーションは、最後に現場でライブ的に決定したらしい。トークの後、オープンアーキテクチャーのチームに対し、2人が名古屋市美のガイドツアーを行なう。1階に3.11のメモリアル・スペースを制作したアルフレッド・ジャーは、吹き抜けに挿入された仮設の階段を「天国への階段」だねと言ったらしい。また市美の2つの軸線を延長すると、杉戸のアトリエや材料を購入したホームセンターを通るという興味深いエピソードなどもうかがうことができた。

2013/09/14(土)(五十嵐太郎)

田中秀介「回想と突発のわれわれ」

会期:2013/09/10~2013/09/22

ギャラリーモーニング[京都府]

大阪芸術大学美術学科油画コース出身の田中秀介の同ギャラリーでの3度目の個展。不穏、不安、焦燥感など、ざわざわとした感情のイメージも喚起する、奇妙なモチーフやタイトル、不安定に流れるような筆跡、構図、色彩。田中の作品はこびりつくように記憶に残る魅力がある。今展には、作家の故郷である和歌山県の風景や、自らの制作アトリエの一帯を描いた作品など、田中が日頃身近に感じている場所や人々をモチーフにした作品も並んでいた。役所で働く人々をモチーフにした作品、大阪の本町通で見かけたという男女をモチーフにした作品等、荒唐無稽なストーリーが潜んだものもあるのだが、それらには田中の飛躍的で解放的な想像力がうかがえる。今後の活躍も楽しみだ。

2013/09/15(日)(酒井千穂)

瀬戸正人「Cesium/Cs-137」

会期:2013/09/11~2013/09/24

銀座ニコンサロン[東京都]

福島県出身の瀬戸正人は東日本大震災から約1年後の2012年2月に、大事故があった福島第一原子力発電所の敷地内に入った。フランスの環境大臣の視察があるというので、ある通信社の依頼で立ち入り禁止の区域内を撮影したのだ。その時、タイベックスーツのマスクごしに見た海辺の眺めは、「美しいといえばこの上なく美しい光景」だった。事故によって撒きちらされたはずの放射性物質(セシウムの量は約35キログラム、チェルノブイリ原発事故の約半分)が、まったく「見えない」ことにむしろ衝撃を受けた瀬戸は、その「恐怖なるモノを写真として可視化したい」と考えて、福島県内の山林、河川、田畑などにカメラを向けるようになる。今回銀座ニコンサロンで展示された「Cesium/Cs-137」(11月7日~13日に大阪ニコンサロンに巡回)は、それらの写真群を集成したものだ。
特に力が入っているのは、黒く縁取られた大判プリントに引き伸ばされた16点の作品で、水の底に沈む植物の根、地面に降り積もった落ち葉、枯れ木などがクローズアップで捉えられている。そこにはむろん、「眼に見える恐怖」の対象としてのセシウムの姿は影も形も見えない。だが、その腐敗臭が漂うような黒々とした眺めは、むしろ別の思いを引き出してくるようにも思える。水底へ、地の底へと止めどなく引き込まれ、われわれの世界を構成する物質そのものが形をとってくる場面に立ち会っているような、驚きとも恐怖ともつかない感情の湧出を、瀬戸自身が戸惑いつつ受け入れているようなのだ。
もう少し時を置かないとはっきりとはわからないが、写真家・瀬戸正人の転換点となりうるシリーズではないだろうか。なお展覧会に合わせて、Place Mから同名の写真集が刊行されている。

2013/09/15(日)(飯沢耕太郎)

秦雅則「Thanksgiving on summerday?」

TS4312[東京都]

会期:2013年9月6日~29日(金、土、日曜のみ)

以前「秦雅則は不思議な生きものだ」と書いたことがあるのだが、今回東京・四谷三丁目のTS4312で展示された彼の新作を見て、その思いがさらに強まった。発想と、それを形にしていく手続きの両方に、独特の歪みとバイアスが働いているように感じるのだ。
今回のメインとなるDVD作品は、男女両性具有の二人の「神」を表象しているのだという。例によって何人かの男女の顔やボディをパソコン上で継ぎはぎし、ぎくしゃくとした動きを加えている。「神」の周囲には色鮮やかな花々が咲き乱れ、それらが生成と消滅をくり返している。反対側の壁に8組のポートレート作品が並ぶが、これもどうやら複数のモデルの顔のパーツを繋ぎ合わせたもののようだ。片方の顔は、やや苦しげで沈痛な表情が多いが、対になるもうひとつの顔の前には、「神」の周囲に咲いていた花が開き、笑顔や安らぎの表情に変わっている。それとは別に、なぜかメスとオスのグンジョウツノカミキリを一対にした作品も展示されていた。
これらの作品が何かの寓意を表現していることは確かだが、テキストがほとんどないので、解釈は鑑賞者にゆだねられている。とはいえ、秦が組み上げた「神や神らのいたずら」の物語に、奇妙なリアリティと説得力が備わっていることも確かだ。「神」にも人間たちにも、どこかで見たことがあるような既視感と、気味が悪いほどの生々しさがある。パソコンの画面上にのみ存在するこの神話空間を、もう少し緊密に創り続けていくと、とんでもないスケールの大きさを備えた作品世界が生まれてきそうな予感もする。

2013/09/15(日)(飯沢耕太郎)

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