artscapeレビュー

2013年11月01日号のレビュー/プレビュー

プレビュー:注目作家紹介プログラム チャンネル4 薄白色の余韻 小林且典 展

会期:2013/11/02~2013/12/01

兵庫県立美術館[兵庫県]

兵庫県立美術館が4年前から始めた注目作家紹介プログラム「チャンネル」。その第4弾として、兵庫県龍野市出身の作家・小林且典を取り上げる。小林の作品といえば、イタリア留学時に修得した蜜蝋鋳造による、皿、瓶、壺などのブロンズと、それらを自作レンズのカメラで撮影した静物写真が挙げられる。本展では天井高7.2メートルの空間を生かして、床面に大量のブロンズと木彫を配置し、壁面にはカラープリントの新作とモノクロプリントを展覧。また、フィンランド滞在以来ラインアップに加わった木彫とブロンズの新シリーズも紹介される。

2013/10/20(日)(小吹隆文)

大橋可也+フィリップ・シェエール『Transfauns/ トランスフォーン』

会期:2013/10/23

BankART Studio NYK[神奈川県]

大野一雄フェスティバル2013は、ダンス史の遺産を取り上げ、舞台上でオマージュを捧げる上演が数多く行なわれて来た場である。今月本誌で筆者がレビューしたプロジェクト大山が石井漠をフィーチャーしたように、今作で大橋可也が取り上げたのはニジンスキーの代表作『牧神の午後』。これはたんに「名作」という以上に「20世紀バレエの最大のスキャンダル」と形容すべき問題作。舞踏にルーツをもつ大橋がどうこの作品と格闘するのか、期待満々で会場に足を運んだ。しかし、よくわからなかったというのが、正直な感想だ。横の幅が広い舞台。予想していたように、フィリップ・シェエールと皆木正純の2人は、この横長のスペースを活用して横向きの動作と横の移動を繰り返した。全体の構成は、(1)これまでの大橋らしい動作、(2)ドビュッシーの音楽とともに『牧神の午後』のオマージュ部分、(3)これまでの大橋らしい動作、(4)最後にわずかな時間、明確に『牧神の午後』から採った動作が表われ、男2人が体を崩して終幕。構成でわからなかったのは、(3)の部分で、なぜ(2)に展開したのに再び、(1)と大きく変わりがない場面に戻ってしまうのか? タイトルにある「トランス」も「フォーン」もぼくの目には舞台のどこにそれに該当する事柄が表われたのか、わからなかった。「フォーン(牧神)」のテーマは、性をめぐる問いを生むだろうし、「トランス」はなんらか「生成変化」に関連した出来事を期待させた。現代の「牧神」とは? 「牧神」に生じる「トランス」とは? このテーマ自体は、じつに潜在的な可能性を秘めたものであるはずだ。皆木が見せる、背後に気配を感じて振り返り退く動作など、おなじみの動きにはいつもの質があるものの、共演しているシェエールのダンサーとしての個性が掴めないので、場のテンションが上がらない。もう少し、シンプルで強烈なアイディアは盛り込めないものだろうか。そうでないと、微弱に伝わってくる動きの質だけでは、観客は茫漠とした感触だけを味わうほかなくなり、結果として審美的な判断しか下せなくなってしまう。

2013/10/23(水)(木村覚)

東洋学の歩いた道「アジアを学ぶ──近代学習院の教育から」

会期:2013/10/05~2013/12/21

学習院大学史料館[東京都]

「東洋学の歩いた道」を共通のテーマとして、学習院大学史料館、永青文庫、東洋文庫の三館が開催する展覧会。ジャンルや時代は異なるものの、いずれの施設にも東洋に関する研究や蒐集品がある。もちろん、東洋にフォーカスしたというだけでは他の美術館・博物館にも多くの優品があるだろう。地理的にも徒歩圏内に位置するこの3館による企画は、明治から昭和初期にかけての東洋学の発展、あるいは東洋美術への関心の拡がり、そして日本美術への影響の背景に、学習院の教育と人脈があったことを指摘しつつコレクションを紹介する、とてもユニークな構成になっている。
 学習院会場のタイトルは「アジアを学ぶ──近代学習院の教育から」。学習院における東洋学の始まりと、学生たちによる受容の様相に焦点をあてた展示である。明治23(1890)年、学習院の歴史学の教授であった白鳥庫吉(1865-1942)が「東洋諸国の歴史(東洋史)」という科目を担当した。この科目の設置が日本における東洋史教育の始まりであるという。また、同28年に学習院長となった近衞篤麿は、清国からの最初の留学生を受け入れ、自らが所蔵する漢籍を学生の勉学に供した。展示前半では、教育のために集められた内外の書物や、発掘物などの実物標本によって、学習院における東洋学教育の展開を示す。後半では、学生たちによる東洋学の受容について触れられている。その第一は学生たちによる大陸への修学旅行あるいは個人旅行である。学習院では大正7(1918)年から定期的に海外への修学旅行が開催されるようになった。旅行には白鳥庫吉や鈴木大拙ら東洋学の教員が同行し、学生たちの見聞を広めたという。そして第二に、そうした学習院の東洋学教育を受けた人物として、志賀直哉や武者小路実篤、柳宗悦ら、雑誌『白樺』の同人たちが挙げられている。『白樺』は西洋の美術を日本に紹介したことでも知られているが、その視点は東洋美術にも及び、雑誌には李朝の陶磁器や明代の絵画に関する論考も掲載されていたという。彼らが学習院の出身であることを考えれば、その背景に学習院の教育があったことは十分に考えられる。会場には武者小路実篤が永青文庫の設立者でもある細川護立に宛てた書簡も展示されている。明治39(1906)年に学習院高等学科を卒業した護立は、白樺派の活動を財政的にも支援していた。学習院における東洋学が、次の世代の研究や美意識を育てていった様が示される。[新川徳彦]

東洋学の歩いた道「古代中国の名宝──細川護立と東洋学」(永青文庫)へ続く]

2013/10/23(水)(SYNK)

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東洋学の歩いた道「古代中国の名宝──細川護立と東洋学」

会期:2013/10/05~2013/12/08

永青文庫[東京都]

永青文庫では「古代中国の名宝──細川護立と東洋学」のタイトルで、細川護立(1883-1970)のコレクションから東洋学への関わりを見せている。美術品の蒐集家であった護立は、大正14(1925)年に始まる漢代の楽浪遺跡の発掘支援と、大正15年から昭和2年(1926-1927)にかけてのヨーロッパ旅行を契機に、古代中国の陶器や金属製品を蒐集するようになったという。蒐集にあたっては、親交のあった学者たちに助言を求めたが、またそれらの学者たちの求めに応じて収集品を展覧会に出品し、あるいは研究調査の用に供し、東洋史研究に資してきた。ヨーロッパ旅行ではフランスの東洋学者アンリ・コルディエの旧蔵書5000点を購入している(慶應義塾大学寄託)。コレクションの恩恵を受けたのは研究者に留まらない。例えば梅原龍三郎の《唐美人図》(1950)は、護立が所蔵する《加彩舞伎俑》(唐代、8世紀)をモデルとしたもの。昭和4年に護立が購入した《金銀錯狩猟文鏡》(国宝。中国戦国時代、前4-3世紀)を納める蒔絵の箱を制作した漆芸の高野松山は、目白の細川邸内に住み「昼は殿さまのボディーガード、夜間は制作」を行なっていたという。そのほかの芸術家たちの作品にも護立のコレクションが影響を与えたことが示されている。どこまでが意図されたことなのかはわからないが、護立の蒐集は直接・間接に東洋学の研究を支援し、また芸術作品にも影響を与えたことになる。細川家に伝来する文化財や蒐集品を納めるために昭和25年に永青文庫を設立した護立は、昭和26年には東洋文庫の第7代理事長に就任している。[新川徳彦]

「マルコ・ポーロとシルクロード世界遺産の旅──西洋生まれの東洋学」(東洋文庫)へ続く]

2013/10/24(木)(SYNK)

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鳥公園『カンロ』

会期:2013/10/25~2013/11/02

三鷹市芸術文化ホール[東京都]

女二人が話題にするのは、同窓会で再会した1人の女。目立たず、すっかり忘れていた、ださい眼鏡女。彼女への軽蔑を肴に弾む会話。しかし、当の2人も互いの結婚や仕事を知らず、仲が良いとはけっして言えない。会話の最中、そこにいないはずのださい女が不意に現われ、2人の会話に割り込んできた。同窓会の回想シーン?にしてはあまりに唐突。過去が現在に土足で侵入してきた……わかるだろうか、この感じ。約1時間の舞台で作・演出の西尾佳織がこんな仕方で描くのは、薄くて軽くて、だから残酷で暴力的でもある人間関係の姿。
会話の標的となった女ばかりか、会話の相手も、どちらも過去のどうでもよい相手。薄い関係では、自分と他人の境界も現在と過去の境界も曖昧。ださい女が、一体どんな人生を送っているのか、2人のうちの1人が妄想し始めた。例えば、この女は恋愛するのだろうか? 試しに自分の夫とデートする場面を想像してみる。するとださい女が舞台に現われ、どんな服を着ていけばいいか、女に指南を仰ぎに来た。眼鏡がださいだの服のセンスがありえないだの散々からかった末、ださい身なりのまま、ださい女のデートが始まる。不器用な振る舞いを散々笑ったあとで、女は隣の男が自分の夫であることを彼女に告げる。こうした場面で西尾が描こうとする焦点は、たんにださい女の人生でも、たんにださい女を笑う結婚女の醜さでもなく、妄想というものの実相だろう。妄想は自由で身勝手、そして楽しく醜い。実際のところどうなのか、なんてわからないし興味もない。貧困で他人の心配なんてする余裕もない。きつい現実に向き合うより虚構に耽溺していたい。そんな気分の、薄ら寒い末期症状が淡々と描出される。
その一方で、虚構化しきれない残留物もある。身体だ。この舞台にはもう一組、2人の男たち(と1人の上司)が出てくる。彼らの職業は非正規雇用の死体処理。彼らは皆、理由不明の下痢に悩まされている。彼らに象徴されるように、この舞台は妄想だけではなく生きた身体をめぐるお話でもある。
この点で白眉だったのが、杉山至による舞台美術。舞台の真ん中には穴があいている。穴から脚の長い椅子が飛び出ていて、テーブルに丁度よい高さで立っている。それが突然、上演の半ば、椅子が穴からせり上がって来て、テーブルの脚もそれにつられて伸び始めた。テーブルは急角度で斜めになり、それまで寝そべっていた登場人物を滑り落とす。突然のことであっけにとられた。アスレチック場のように変貌した部屋。すると彼方では、天上付近に吊った幅1メートルほどの白い紙ロールが引き伸され、舞台を取り囲む。下痢する男たちのトイレットペーパー? しかし、なぜこんな巨大に? と思っていると、台所をたかる蟻についてのおしゃべりが女2人と夫とで始まった。蟻をどうつぶすか、なんて話の最中で、死体処理の男たちが舞台奥でせっせと仕事をこなしている。
蟻と人間の薄気味悪いアナロジー。アスレチックと化した舞台装置を移動する女たちが台所をはう昆虫に見える。鳥公園も含む女性作家ばかりの合同公演について先月書いたときにも触れたことだが、女性作家たちが人間を動物や昆虫になぞらえるのは、昨今の演劇の顕著な傾向だ。虚構と、その残余としての身体。この二つだけがある。理想や努力にふさわしい報いといった、人間が人間であるための尊厳からとてもとても遠い。そんな今日的状況が躊躇のない手つきで舞台に描き出されていた。

2013/10/25(金)(木村覚)

2013年11月01日号の
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