artscapeレビュー

2011年03月01日号のレビュー/プレビュー

GRAPHIC WEST 3:phono/graph──音・文字・グラフィック

会期:2011/01/18~2011/03/09

dddギャラリー[大阪府]

1877年、エジソンによって発明された蓄音機はphonographと名付けられた。音の(phono)記録(graph)であるphonographは、先行して世に出た、光の(photo)記録(graph)であるphotographyとともに、20世紀の情報世界を形成する重要な役割を担うことになった(藤本由紀夫・広報資料より)。
日常生活のなかで、人が視覚を通して物事を認識する割合は80%にのぼると言われている。もちろん、「物事を認識する」というのが具体的にどのようなことなのかを明確にする必要はあるが、人間のおもな情報源が眼であることは確かだ。だが、皮肉なことに人間のもつ五感のなかでもっとも騙されやすいものもまた、視覚、眼なのかもしれない。たとえば、トリックアートや映像と音声・音楽との関係、色彩心理学などを思い出してみれば容易にわかる。「騙されやすい」とは否定的な意味だが、その裏を返せば、視覚とはそれだけダイナミックな感覚であるという意味にもなる。文字や画像がそのまま音となり、音は文字や画像をもり立て、時には別のものに変える。本企画展は、テクノロジーの発展によって急激な変貌を遂げつつある音と文字との関係、そしてグラフィックデザインのいまを、5組のクリエイターたちを通して紹介している。監修を担当した、アーティストの藤本由紀夫をはじめ、八木良太、ニュール・シュミット(Nicole Schmid)、京都を中心に活動するアート/デザインユニットsoftpad(ソフトパッド)、デザイナーグループintext(インテクスト)が参加。[金相美]

2011/02/08(火)(SYNK)

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連続デブ小説 プロット展

会期:2011/02/03~2011/02/27

@btf[東京都]

AR(Augumented Reality)=拡張現実の技術を駆使するユニット、AR三兄弟の初個展。携帯カメラやパソコンなどをとおしてリアルな風景にデジタル情報を重ねて見せるAR技術を体験させる装置はもちろん、AR技術を用いた企画のもとになったアイデアノートなどを展示した。「どんなにおもしろそうなアイデアであっても、A4一枚の企画書に収まらなければおもしろくならない」。この鋭い言葉が如実に物語っているように、AR三兄弟の真骨頂は、AR技術を駆使する想像力というより、むしろその前提となる簡潔明瞭な言語感覚だ。無駄な部分を削ぎ落とし、必要な部分を育む。的確な言葉を選択することで、思考のプロセスを他者に向けて開いていく。昨今のアートプロジェクトでもっとも重要視されていることを、AR三兄弟はすでに身体化してしまっているわけだ。「メディアアートって、なんかださいじゃないですか」という彼らの言葉は、メディアアートのみならず現代アート全般に対する、的を射た批評である。

2011/02/09(水)(福住廉)

釜池光夫『自動車デザイン──歴史・理論・実務』

著者:釜池光夫
発行日:2010/10
発行:三樹書房
価格:2,940円(税込)
サイズ:258×184×20mm

製品のなかでデザインがはたしている役割が重要であるにもかかわらず、デザイン史においてほとんど取り上げられることがない分野がいくつかある。自動車のデザインもそのひとつだと思う。本書で著者も述べているとおり、自動車の歴史の本や写真集は多数出版されているものの、デザインを主体とする本はほとんどないのである。著者は三菱自動車で長らくデザイン開発に従事し、千葉大学を経て現在は芝浦工業大学で教鞭をとっている。本書は大学における自動車デザインのテキストとして書かれ、理論と実務に重きがおかれているが、タイトルにもあるとおりデザインの歴史的考察にも一章を割いているので、ここではその点に触れたい。
自動車デザインの変化をどのようにとらえ、その理由をどのように示すのか。著者は、多数ある自動車メーカーのなかからフォードを選び、そのなかでも年代毎にもっとも売れたモデルを考察し、スタイルの変化を年表にプロットする。その結果、自動車が誕生してから約100年の間に9つの基本スタイル(アイコン)があったとする。各時代における社会環境や生活スタイルの変化を背景に、人々の自動車に対する要求は変化する。その要求を実現する技術進歩があると、スタイルが大きく変化すると著者は指摘する。歴史叙述においてデザイナーの仕事を中心に据えると、特異な外観やデザイン思想を持つプロダクトに目が奪われがちであるが、もっとも売れたモデルに対象を絞ることで、著者は自動車のデザインが社会との関わりのなかで生まれ変化してきた姿を示す。
ところで、そのようなスタイルを規定する社会とは、じつはデザインがなされる時点での社会ではない。自動車のデザインは常に5年から10年先の社会をターゲットとして開発されている。「10年先のユーザーは何を欲し、その時の経済やインフラ市場はどのように変化し、そして周辺技術がどのように進歩しているかなど、ひと・もの(自動車技術)・環境の予測の上に自動車デザインが行われる」。そのためには、「自動車の歴史すなわち、現在と過去の会話を通して将来の予測が不可欠」なのだ。「デザインの方法論の基本は歴史学と言ってよいのです」と著者は書く。
著者はこれまでデザイン学会のジャーナル『デザイン学研究』に自動車デザインの歴史に関する論考をいくつも発表しており、本書第1章はそのエッセンスといえる。このような視点が実践的なテキストに盛り込まれていることはとてもすばらしいことだと思う。[新川徳彦]

2011/02/10(木)(SYNK)

栄木正敏のセラミック・デザイン──リズム&ウェーブ

会期:2011/01/08~2011/02/13

東京国立近代美術館本館 ギャラリー4[東京都]

栄木正敏は陶磁器専門のプロダクト・デザイナー。デザイン好きであった高校生のころ、偶々日本橋三越で森正洋がデザインした土瓶に出会ったことが、陶磁器デザインとの関わりの最初であるという。「高校生でも買えるこんな格好いいものが自分でもいつか作ってみたいと思うようになった」という彼は、武蔵野美術短期大学で学んだ後、瀬戸を拠点に仕事をしてきた。「当時、瀬戸では和食器のデザインは伝統デザインの模倣アレンジに価値があり、洋食器やノベルティは欧米貿易商の持ち込むデザインで事足りていて、デザインとしての「独立」はなかった。……五百も陶磁器工場が林立しているのに陶磁器デザイナーもデザインを望む工場も皆無の状態であった」(栄木正敏「私の陶磁器デザインと『三つのびっくり』」(『現代の眼』585号、3頁))。
デザインへの需要がない状況の下で、彼は杉浦豊和らとともにセラミック・ジャパンを設立し(1973年)、自らデザインし、製造し、販売する新しい道筋を作り上げる。すばらしいことに、この会社は小松誠、最近では秋田道夫など、さまざまなデザイナーとコラボレーションを行ない、優れたデザインの作品を多数送り出しているのだ。
栄木正敏は、カタチをデザインするのみならず、石膏原型を含む製品化への工程すべてにかかわっているという。そうしてでき上がる作品は、十分に機能的でありながらも装飾性を強調し、デザインによる差別化を目指す。
彼の作品を手に入れて日常が劇的に変わるわけではない。食卓の上にあって、なにかが少し変わる。それは冷蔵庫やエアコンが新しくなるとか、テレビが新しくなると言うこととは違う。もたらされる機能はそれまでと変わらない。なにか新しいことが始まるわけでもない。使っていて、気持ちが変わる。そして、いわゆる「陶芸家」の作品とは異なり、そのことを強く意識しないでも手に入れることができる。いつの間にか食器棚の中に入っているかもしれない。食卓に並んでいるかもしれない。割れてしまうことはあるだろう。しかし、家電のように古くなったから、故障したからと買い換えられることはない。親の世代から子の世代へと受けつがれ、使われ続けることもある。売られ続けるだけがロングライフデザインではない。使われ続けることも大切だ。そうしたものづくりとは、なんと幸せな仕事であろう。[新川徳彦]

2011/02/10(木)(SYNK)

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京都オープンスタジオ桂

会期:2011/02/11~2011/02/13

桂スタジオ、うんとこスタジオ[京都府]

昨年は京都市内の8カ所で同時開催され、大きな話題をさらった「京都オープンスタジオ」。だが、今年は2会場に縮小した。やはり、大人数が同レベルのモチベーションを保ち続けるのは難しいということか。かといって、誰かが強力に仕切るとイベント本来の自主制作的な持ち味が損なわれる訳で、あくまでも作家たちに任せるしかないのが難しい所だ。逆に言うと、今年開催した2会場は本気ということ。特に桂スタジオの展示は力が入っていて好感を覚えた。今後オープンスタジオの流行ががどう推移するのか不明だが、こちらとしては徐々に賛同者が増加することを期待する。今年は桂以外の場所で同時期にオープンスタジオを行なった作家が2組いた。潜在的賛同者は決して少なくないはずだ。

2011/02/12(土)(小吹隆文)

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